春吉省吾のブログ

物書き・春吉省吾のブログです。マスメディアに抗い、大手出版社のダブスタに辟易して一人出版社を営んでいます。おそらく、いや、世界で最もユニークな出版社だと自負しています。

今ここに在る「日本の危機」を打破せよ !!〈VOL.123〉

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「異常な世界」と向き合うと鬱になる

 投稿も3ヶ月ぶりだ。
 世界保健機関(WHO)が、2020年3月11日新型コロナウイルス感染症パンデミック(世界的な大流行)と表明して以来、「時局随筆」という形で、皆様に多くのことを発信してきが、3ヶ月ほど投稿を中断した。理由は、私のブログ記事への反応があまりに弱く、独り空回りしていると落ち込んだからだ。
 西側諸国のプロパガンダ情報は相変わらず我々を惑わしているし、それに追従する日本のマスメディアも目に余る。
 しかし何の疑いもなくそれらの情報を妄信している読者も多く、私の思いは伝わらない。焦りが増す。これは拙い精神の兆候だ。
 このままでは独り芝居で、私自身が「鬱」になってしまうと思った。
 そう思った私は、猛暑の中、7月、8月、9月と弓道居合道の稽古を、ほぼ毎日汗だくでおこなった。
 これによって、随分と疲れた精神を恢復することが出来た。
 まさに、「心身一如」(自己の哲理を発見確認し、強く柔かな心の安定を図り自分の存在意義を信じようという、春吉省吾の基本理念)を実践したと思う。ただ、猛稽古の結果、却って筋を痛めたり肘に違和感を覚えたりして、審査も試合も思うような結果を残せなかったが、それは承知の上で実行したことだから一切反省も悔やみもない。精神的に「危ない時期」をなんとか免れることが出来た。
 この期間を通して、精神のもろさと、加齢による肉体の限界、勿論、自己能力の見極めもついた。おまけとして、武芸の「深さ」もこれまでよりもほんの少しだけ垣間見た。何しろ弓道も居合も40歳から始めて30数年。へたなりに、よくここまで続けたなと思っている。
 ところが、この猛暑の中、無理がたたって、ここに来て腸の調子を乱してしまった。しかし今回は、自己免疫力を信じて、病院へも行かず、薬に頼らず恢復力を俟った。お陰さまで、多少時間が掛かったが本来の私に戻った。

原点復帰

 もともと、私が実業の世界から距離を置いて、60歳から物書きになろうと決意した理由は、これまで誰も書かなかった、いや、書けなかった「物語」を書こうと思ったからだ。
無名の物書きだから、大手の出版社などはまともに相手にされなかった。ようやく大手の文芸部長に読んで貰ったが、私の執筆コンセプトとは根幹から違っていた。(拙著「冬の櫻」のあとがきに記載したので省略)
 それならば、自分のための出版社を作り、自分の表現方法で、自己の哲理を表現したいと始めたのだから、いまさら「反応が弱い」などと読者を責めるのは筋違いだ。
スタートは「たった一人の読者に感動して貰えば良い」と始めたのだ。「反応が弱い」のは私の力が及ばないからだ。ならば、焦らずに「反応を強めていく」のが私の役割だ。危うく「原点」を忘れるところだった。
 パンデミックなどという「世界的な全体主義的盲動」に浮き足立ってはいけない。

日常のローテーションで見えてきたこと

 ここ数年、私の一日のローテーションは、歴史時代小説の執筆(現在は「初音の裏殿」シリーズ、第三巻「愛別離苦」を執筆中)とその資料の読み込み、また数年前から実施している西洋哲学、経済学、政治学、宗教、量子力学など、手当たり次第に「文字」を読む日課だ。第一巻「怪物生成」、第二巻「破天荒解
 年を取ると若い方々と違って、体力は勿論、シナプスの減少にともなって反応が鈍化する。だが、物事を体系的に判断する能力は衰えない。
 長い間、「どう考えても変だな」「何か納得できないな」「どうも単純すぎるな」と考え続け、「俺は馬鹿だから納得できないのか……、理解できないのか」と50歳ぐらいまでは、その先を考えずに、突き詰めて考える事をしなかった。
 しかし、その後、歴史時代小説を書く準備を始めて、様々な資料を漁って思った。
 「いや、違うぞ、殆どの優等生やインテリは、『ある前提を疑いもせず、それを土台にして』物事を考えるが、はたしてその前提が間違っていたり、フィルターにかけられていたり、歴史の勝者が故意に隠蔽したとしたらどうだろう」
 50歳から自己流で、雑多ながら思考の幅を枠に捕らわれずに拡げていった結果、小利口さから解放されて、事の本質から離れた、いい加減な纏めにお茶を濁している研究論文などを見ると「それは違うな」と、私の本能が働くのだ。
 つまり、表面だけをなぞった理屈や浅い解釈をした文章や言質は、受け付けない体質になっているので、「気持ち悪さが残る」のだ。これは理屈ではない。

 大先輩諸氏の歴史時代小説の先生方には悪いが、彼らの時代歴史小説を読んでも楽しめなくなった。幕末にしても、その舞台背景を政治、経済・金融、ロシアも含めた西欧列強相互の対立や連携、Chinaと東アジアの関係、流通、交易などの地勢は勿論、その時代の生きた日常の詳細に立ち入らないと、本当の歴史時代小説は書けないのだ。

スマホタブレットをもっと有効に利用すべき

今年に入って、既に電子書籍版で「事の本質を見極め 時を伺う」(第一回)2023年5月、「世界中が豆腐脳」(第二回)2023年7月の二回、電子書籍として上梓した。
電子書籍」は高齢者の方々こそ、もっと有効利用すれば良いと思う。しかし、多くの方が、電子書籍リーダーソフトをアップロードできず、その利便性に気付いていない。
 「Kindle」だけでなく「playブックス」や、「楽天Kobo」などは無料で利用できることを知らない方が多い。残念なことだ。
 携帯やタブレットでの、「電子書籍EPUB」は、文字の拡大は自由自在なので、高齢者こそ利用すべきツールなのだ。利用しないのは勿体ない。まだ不完全だが「playブックス」は読み上げ機能もついている。
 「playブックス」はGoogleの開発だが、そのシステム開発能力には脱帽するしかない。現在のところ、Googleに立ち向かえるIT組織は世界にない。

 日本は、今の5GのもとになるioTテクノロジーの基になったTRONの開発に頓挫した。(1985年8月12日。日航ジャンボ機123便が、御巣鷹の尾根に墜落し、540名の命が奪われたが、その中にTRON開発者のグループが搭乗していた)
 この事故が無ければ、TRONは、Windowsソフトを凌駕し、現在のビックテック寡占状態にはならなかったかも知れない。
 だがよく考えれば、それは甘い。アメリカ政府、ITの利権屋、デープスティトがそれを許すはずが無い。どうあがいても「宗主国アメリカに従属する日本」の置かれた状態ではそうなるのは不可能であったろう。当時の中曽根康弘首相は、そんなに腹の据わった男では無い。「風見鶏」だからな。
 今となっては、夢物語だが、ビックテックに対抗する国産ITシステムが活躍するステージが見たかった。

NHK地震速報だけでいい

 テレビは関心のあるドラマやドキュメンタリーや語学放送を録画しておいて、後で纏めて視聴するが、私の基準に適ったものは少ない。最初の5分早送りして、消去。新聞は一切止めた。雑誌や週刊誌はここ15年来一度も買ったことが無い。「文春砲」などの記事を読まなくても何が書いてあるか想像がつく。時間の無駄だ。
 テレビは地震速報(颱風予想も含める)だけでいいが、最近は、ブログの「ウェザーニュース」の方が遙かに早い。NHKの反応の遅さが際立つ。
 NHKの衛星放送は契約していないし、私には地上波だけで十分だ。
 それにしても腹が立つのは、NHKのドキュメンタリー番組だ。どうしたらあそこまで「偏向番組」を臆面も無く作れるのだろうかと訝(いぶか)ってしまう。
 「情弱」拡大プロパガンダだ。偏向と言っても良いが、大半の日本人は何が偏向か判らない、誠に悲しい状況に追い込まれてしまった。
 NHK民法のテレビからしか情報を得ていない方には、私が何を言っているのかチンプンカンプンだろうが、これが日本人の大多数だ。
 「mRNAワクチン」や「ウクライナ問題」「SDGs」や「脱炭素・地球温暖化」「LGBTS」等については、多くの日本人が、マスメディアによって「誤謬の情報・あるいは偏頗な情報」を刷り込まれてしまったので、良く知らない方との会話では話題にしない。ただ、相手が「mRNAワクチン」などについて、質問してきたときに限って、「○○の論文」や、こういう一次情報を自分で調べたら、と言うに留める。
 妻や家族とも意見が合ったり合わなかったりする。思考の幅が違うのでやむを得ない。そう割り切ることだ。
 また日本で報じられているプロパガンダ情報の闇とは別に、FacebookYouTubeTwitterなどのSNSを通した情報は、彼らSNS経営者にとって都合の悪いテーマは、「バン」されてしまう危険もある。時に両極端な悪質なデマ情報も流れるので、その取捨選択には、従来の経験則とは、随分と違った考え方をしないと、その本質の裏に隠れている事象が一切見えない。
 またGoogleなどの検索エンジンは、端(はな)から検索出来ないようにアルゴリズムされていることもあるので、私は「Brave」をメインの検索エンジンにしている。

「情弱」とは「薄弱」なり

 Wikipediaによると、「情弱」とは「情報弱者」の略称だが、この意味で使われることは少なく、インターネット上などでは別の意味で用いられることが多い。
 Wikipediaの記述にはこうある。囲み数字は私が付けた。加えて、Wikipediaを正しい記述と鵜呑みにすることは危険だ。https://swprs.org/wikipedia-and-propaganda/
「①情報環境が良くない場所に住んでいたり、情報リテラシー(「リテラシー」とは知識やスキル、理解が不足している状態)やメディアリテラシーに関する知識や能力が十分でないために、放送やインターネット等から必要な情報を享受できていない人」
「②転じて、各種の情報に疎くて上手に立ち回れない人を揶揄して言う言葉」
「③情報環境や情報リテラシーあっても自ら調べようとしない人」
 このWikipediaによる説明は、実態を把握していない。
 そもそも、日本においては「①必要な情報を享受できていない人」と言うが、テレビ・新聞のマスメディアが、「必要な情報を享受できないように意図的に誘導し、作りあげている」のだ。日本人の多くがそれに洗脳されているのだ。
 敗戦後79年経ったいまも、日本のメディアは世界の偏った情報を、全く裏取りも無く流している。戦時中の情報統制と何ら変わりがない。

 日本国民はGHQの苛烈な言論統制、7千冊以上の焚書によって、言論を封殺されて、現在に至っている。多くの日本人はその実態を未だに知らない。
 当時、その言論統制に協力したのは、東大をはじめとした官学の学者達であり、新聞、マスコミ幹部の追従者達であった。日本語に精通して、インテリでなければこんなことは出来ないからだ。「鬼畜米英」から、敗戦後あっという間に、マッカーサーを「神」と讃えたのだから「情弱」そのものといえる。
 そのマッカーサー曰く、「日本人は、国史の長さからすればはるかに古いが、まだまだ教育を受ける段階にあった。近代文明という尺度からすれば、私たちが45歳であるのに対して、12歳の少年のようなものであるだろう」と言われても、ありがたがる。これは「薄弱」の度を超して、頭のネジが緩んでしまったとしか思えない。
 しかしこのように①の情報環境に上手く立ち回れない国民が、③のリテラシーその根っこを統制され続ければ、自ら調べようとする国民の気力は萎え、刷り込みや誘導に流され、気付いたときには「呼吸」すら出来ない事になっているかもしれない。

日本のマスメディアの現状

 日本政府は、マスコミを利用し、「情弱」を維持し、恐怖を煽り、物事の表面のみを、ただ黙って首肯する「薄弱」な国民を作りあげた。それは宗主国アメリカの指令でもあった。それに抵抗する指導者は、完全に排斥される。未だに属国「日本」の悲劇である。
 だから②の対極にある「情報に対して上手く立ち回れる人物」は、私は一切信用しない。特に政治家やマスコミ関係者の多くは、「ある筋のご意向」に逆らわない名人だ。事実を知っていながら敢えて「ご意向=ご威光」に逆らうような馬鹿なことはしない。
 例えばマスコミで言えば、ニュースキャスター、頻繁にテレビに露出するジャーナリストや御用学者だ。彼らは事実を曲解して発言することに何ら良心の呵責を覚えていない。そうしないと、マスメディア世界から抹殺されてしまうからだ。(自分の発言が正しいと思ってそうしているとしたら、それは本当の馬鹿だ)
 日本人は彼らの発言を正しいものとして受け入れる。
 それが「世論」を形成し、社会が動いている。恐ろしい社会だ。
 彼らは、ディレクターの指示で動き、ディレクターは経営上層部のシナリオ通りに動く。動かないと出世が止まる。その上部の経営者は、政府やスポンサー、宗教団体、財界に忖度し、海外株主へも忖度。忖度の大安売りだ。
 未だにアメリカ占領下の統治が事実上続いている現状で、日本の指導者達は、宗主国アメリカの意向には決して逆らわない。逆らうと権力が剥奪され、命も危ない。
 だから日本の保守と言われる組織は、一番肝心なその部分には触れずに、中共やロシアを非難する。確かに中共・ロシアは「危険な国家」であることには違いないが、アメリカに対して腰が引けている。 「保守」とは名ばかりの問題外。
 本当の「日本の保守」の役割は、未だ80年近くアメリカの属国に甘んじている実体を明らかにして、  国家として主権を取り戻すことである。それは、アメリカを敵に廻すことだという輩がいたらそれは「馬鹿だ」。多岐に亘り幾重にも、「それぞれのアメリカ(ここが大切・バイデン共和党ネオコン共和党意外にも様々なルートがある)」に対して、戦略・戦術を仕掛けていくことだ。それが外交だ。
 戦後、吉田茂から現代に至る自民党の無定見が、現在の似非(えせ)保守とヘタレ野党、そして、硬直頭脳の外務省、財務省などの高級官僚達が、日本人の矜持を喪失させ続けている。いままた、岸田文雄という空っぽの男が、日本を日本人を、不幸のどん底に落とし、そのスピードを加速させている。それに加担しているのは、日本のメディアである。
 吉田茂に対する研究は、此所十数年にしてようやく「実像」が明らかになった。
 杉原誠四郎氏の著書「吉田茂という反省」「吉田茂という病」や鬼塚英昭氏の「白洲次郎の嘘」などを参考にされたい。プライドだけは高いが、中身のない人間だと判る。
 杉原氏の著書の中で、吉田の狭量を示すエピソードがある。
 奉天総領事になったときのことだ。張作霖が吉田を歓待して食事に誘った。張作霖は毒が入っていないことを証明するため、小皿に料理を取って少し自分が食べてから吉田に差し出した。吉田は不潔だと、嫌悪感をあらわにして一口も口に付けなかった。
 外交官としての役割もはき違え、自分の感情だけで行動する男だ。


アメリカの分断

 日本の宗主国アメリカ政府は、CIAや軍事情報機関とネオコンと言われる「戦争屋」(これは民主党も、共和党も双方共である)達のいわゆる「デーブスティト」に操られている。彼らの利権は、則、兵器製造巨大メーカー、巨大薬品メーカーと共有する事になる。そしてそれらの大株主になっているビルゲイツなどの大富豪、そしてその更に上部には、通貨発行権を持つ一握りの金融資本家達、特にロスチャイルドとロックフェラーに繋がる金融資本家達の意志が強烈に反映している。
 彼らにとってはマネーが全てだ。グローバリスト、大企業を誘導し、中国市場を活性化させ、その中国で生まれた余剰マネーは、金融資本家達の錬金術所「ウォール街」に流れ込んだ。
 流れ込んだChinaマネーは、金融資本家達に莫大な利益をもたらしたが、同時に、アメリカのマスコミ、ハーバード大学コロンビア大学などの名門大学をはじめ、多くの大学の研究所に流れ込んだ。   「孔子学院(大学内に設置された、中共の宣伝工作拠点)」などは、表に出ている部分だが、もっと恐ろしいのは大学教授達に、個別に行われている「研究費援助」である。
 その成果は見事に実を結び、過激な左翼思想を助長し、あるいは修正マルクス主義フランクフルト学派」の思想的基地となって、卒業生達の「活躍」もあって、アメリカの世論を完全に二分してしまった。 
 更に、ヘッジファンドで巨万の富を得たジョージソロス。彼の作ったオープンソサエティ財団に資金を集めて、ネオコンと組んで、ウクライナ戦争にも深く関わっている。アメリカという枠をとにかく潰したい。各州の知事、検事、裁判官、議員などに多額の資金が流れ込んでいる。
 アメリカ大統領選挙にもBLM(ブラックライフマター)などを金で操り、トランプを落選に追い込んだ。もはや、NYやロスの一部分は、ゾンビの居住地となっている。
 ソロスなど過激な集団は手段を選ばず、彼らにとって邪魔な存在は徹底的に潰していく。
 ロシアのプーチンも消したかったが、そう上手くはいかない。プーチンのしたたかさだ。
 これらは電子書籍版で「事の本質を見極め 時を伺う」(第一回)2023年5月「世界中が豆腐脳」(第二回)2023年7月の二回、電子書籍として上梓した中に、詳細に記述したのでそちらをお読みいただきたい。
 彼らにとっては、反グローバリストのトランプがとにかく目障りで仕様がない。
 そして、その背景にいるのが、通貨発行権を牛耳る国際金融資本家=金融グローバリストなのだ。そして、「世界経済フォーラム(WEF)」という、世界的談合システムは、国際金融資本家達の露払いのような役割を果たしている。そこでいろいろと宣言らしきものを出しているが、私に言わせれば「完全に狂っている」。
 例えば、世界経済フォーラムの側近、ユヴァル・ノア・ハラリ氏(私は狂信的なアジテーターと思うが、MHKはじめ日本のインテリ諸氏は盛んに持ち上げる)は、2022年9月13日のWEFの会議の中で、 「人類がエリート層に主権を引き渡すことを拒否すれば絶滅に直面する」と警告した。
WEF: ‘Hand Over Your Sovereignty to the Elite or Die’
 ヤクザの脅しのようだ。これがWEFの知性だとしたら、世界のグローバリスト達は、もう一度「ソクラテス哲学の本質」を学び直してほしい。

グレートリセットとは

 クラウス・シュワブが主催する「世界経済フォーラム(WEF)」という民間組織のグレートリセットは、「世界中のあらゆるシステムを見直すことだ。資本主義社会は、多くの国に経済的な繁栄をもたらしたが、一方で、環境破壊、経済格差の拡大など弊害も多く見られる。そのような社会の在り方を多面的に見直し、改革せねばならない」という、この主張は正しい。
しかしこれは、あくまで表層をなぞっただけの「模範解答」に過ぎない。
この「グレート・リセット」と言う言葉は、リーマンショック後の不況の中で発刊された、アメリカのリチャード・フロリダ氏の著書のタイトルである。
シュワブの主張は、国家の障壁を取り払い、金融や社会を構成しているさまざまなシステムを一度すべてリセットし、再構築することだ。
しかし、再構築が「彼らにとって都合の良い再構築(リセット)」であればどうだろう。前述の、ハラリの言が全てなのだ。こんな悪党をありがたがる、メディアに露出している日本のジャーナリストやNHKの報道スタンスは「日本人を貶めるグローバリスト」そのものなのだ。
グレートリセット」についても「世界中が豆腐脳」(第二回)2023年7月という、拙著電子書籍で記述しているのでそちらを参考にされたい。
ところで、世界経済フォーラムやグローバル金融資本家達は、何故「グローバルリセット」を拙速に行おうとしているのか。
もう一度彼らのテーマを見てみよう。
「資本主義社会は、多くの国に経済的な繁栄をもたらしたが、一方で、環境破壊、経済格差の拡大など弊害も多く見られる」とある。
「環境破壊」「経済格差」は、いずれも結果としての現象面にすぎない。どうしてそうなったのかその根本を明らかにしようとしない。
なぜなら、その根本原因を突き詰めると、「リセット」しなければならないのは、WEFそのものであり、その背後の金融グローバリストをリセットしなければならないことが明らかになってしまうからだ。

主流経済学は「貨幣のヴェール」を剥がせない

 「経済学」を学べば学ぶほど何か変だなという思いが強くなった。50年ほど前からだ。更に、ここ十年来、様々な経済書、日本の中堅の経済学者達、例えば、岩井克人氏や、MMT理論などの論文、書籍を「お腹いっぱい」読んだ。しかしもどうも靄(もや)が晴れない。
 かつて、司馬遼太郎氏の幕末小説や、半藤一利氏など昭和史の読後に抱いた違和感と同じようなものが、頭の中から離れない。「何かが違う」のだ。

 WEFがグレートリセットしようとしている「資本主義」とは何なのか、そしてその資本主義経済を支える「経済学」とは何なのかもう一度考え直さないとこの靄は晴れない。
 以下、天野統康氏の「政治学原論」から引用する。
 「主流経済学はマネー(貨幣)を経済モデルに組み込み、実際の経済にどのような影響を与えているのかを分析しなかったし、出来なかったということだ。そうなったのはマネーがどのように作られ、なくなるものかを教わらないからである。
 経済学の教科書でもファイナンシャル・プランナー(Financial Planner)、証券アナリストの教科書でも、教わらないのである。学校の教科書でも教わらないのである。当然、マスコミも伝えようとしない。そうなると経済学の専門家も、現場の金融マンも、一般人もマネーについてどのように作られ、なくなっているのか、それが経済にどのような影響を与えるのか誰も判らなくなってしまう。つまり社会全体からマネーの影響が「無意識化」されてしまう。
 それではこのような欧米の主要先進国の状況は、偶然に作られたのだろうか? 答えは明確に否である。
 中央銀行と民間銀行という通貨発行(信用創造)を行う機関を私的に管理してきた国際銀行権力が、アカデミズムと経済学を牛耳り、意図的にマネーの影響を市民に理解させないようにしてきたのだ。そのためタブーを破る研究者や政治家に様々な圧力をかけ排除してきたのである。このように現在主流の経済学とは、国際銀行権力がマネーを作る信用創造特権を独占し、世界を管理するための道具としてフル活用されている詐欺的な洗脳学問なのだ」
 後半は言葉がきついが、大枠では間違っていない。世界金融の管理者にとっては、決して知られてはならないことだ。

地雷を踏むと命も地位も抹殺される

 1865年4月14日、リンカーンが暗殺された。南北戦争の主たる理由は、アメリカの経済力を削ぐ、北部と南部を分断しようとする勢力、それはヨーロッパの金融資本家達(イギリス「シティ」、ロスチャイルドが主導)なのだが、それに対抗する戦費調達のために、金融資本に対する高利貸し融資を排して、グリーンバックス(Greenbacks)という政府紙幣を発行した。真の暗殺の原因はそれだと言われている。
 35代アメリカ大統領ケネディも1963年6月4日に大統領令を出し、連邦準備銀行券(FEDERAL RESERVENOTE)から合衆国貨幣(UNITED STATE NOTE)を発行しようとして、半年後の11月22日に暗殺された。

 民間銀行に過ぎない中央銀行通貨発行権を得て、その特権を守ろうとして、大統領までも暗殺しようとする。政府が直接マネーを管理するという当たり前の論議は、その恐怖の前に、皆口を噤んだ。
その後、世界経済はアメリカを中心として、1929年10月29日(暗黒の木曜日)、第一次世界大恐慌が起こる。
 そして2008年9月15日(リーマンショック)第二次世界大恐慌が起こった。この時期「グローバリゼーション」が活発化し始めた。
 グローバル金融制度は、FRB、世銀とIMFというネットワークを構築し、世界中の金融を取り込んだ。

 世界大恐慌の後始末は、金融資本家達に忖度して中途半端な妥協策しか取れなかった。現在のマネー制度を続けると、第三次世界大恐慌が、第一次・第二次よりも遙かに深刻な状況で、まもなくやって来るだろう。
 現在、基幹通貨の米ドルが、オイルダラーの独占的地位を失い、BRICS諸国は、ドル離れを起こしている。状況は一見混沌としているように見える。しかし私はそうは思っていない。グローバル金融資本家達が、そのシステムの崩壊を何とか食い止めようと、この機に乗じて躍起になっている。彼らはどんなことでもする。
 これらについては、「ストーリー・テラー( Storyteller)」の題材としても、実に興味があるが、煩瑣になり、全体像をしっかりと説明しないと、あらぬパニックをもたらす恐れがある。別途記述することにする。
 いずれにしても、金融システムのからくりを知って、どう覚悟するかということが、今回の随筆の到達点だが、厳しい。
 しかし、どのように厳しいかを見ておかないと、対処の仕様がない。解決策もあるのだ。

シカゴプランを潰せ

 いまからおよそ90年前、1929年の世界大恐慌の5年後に、アメリカにおいて「シカゴプラン」という名称でエール大学の経済学者アーヴィング・フィッシャー、そしてシカゴ大学の教授達によって提案されたプランがある。
 このシカゴフランについてざっくりと述べると、「銀行が無からお金を創造出来る連邦準備制度(FRB)を廃止し、政府のみが貨幣を創造する。また銀行が貸し出しによってお金を創り出し部分準備制度(Fractional-reserve banking・銀行が預金の一部だけを準備として保有するシステム)を排除する必要がある。
 請求支払額に対して政府貨幣のドルでいつでも交換出来るドルを銀行が保有することを義務づけ(100%money)、金融の安定を図る」というものである。

 この案は、1913年12月23日に、多くの上院議員が休暇中を狙って、ロスチャイルド家や当時米国で台頭した新興財閥があらゆる策謀を弄し、成立させた連邦準備金制度(FRB)そのものを反古にし、国家に、マネーを取り戻そうとするものであった。
 金融資本家達にとっては、決して呑めるものではない提案であった。

 ちなみに、この連邦準備制度(FRB)は、民間銀行に過ぎない中央銀行が、通貨発行権を得たことにより、無から通貨を取り出す術を手に入れ、政府を国民を自由にコントロールできるシステムなのだ。
かつてロスチャイルドの基礎を作りあげた、マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは「私が一国の通貨を支配できれば、法律などは度外視できる」と豪語したとされる。まさにそういうことなのだ。我々はFRBが政府機関ではなく民間銀行によるカルテルでもあることを、忘れてはいけない。

 このシカゴプランは、国際金融業者の力を恐れたルーズベルト大統領が採用するには至らなかった。その後「シカゴフラン」は無意識下に追いやられたが、シカゴ学派ミルトン・フリードマンが1960年に、シカゴプランに改良を加えた「貨幣安定のためのプログラム」を出版した。
ところがその3年後、政府紙幣を発行しょうとしたケネディ大統領が暗殺されるや、身の危険を感じたフリードマンは「シカゴプラン」については研究対象から意識的に外した。そのお陰もあってか、1976年にノーベル経済学賞を受賞した。残念ながら、現在、シカゴ大学で「シカゴプラン」を研究する研究者は一人もいないという。研究そのものが抹消されたのだ。

 ちなみに、ノーベル経済学賞は1968年に、世界初の中央銀行であるスウェーデン国立銀行300周年を記念して創設された。この賞は中央銀行の利権のために大いに活用(利用)されている。中央銀行=国際金融資本に利する研究しか対象にならないのは当然で、「金融工学」をベースにした1997年のマイロン・ショールズ(彼の設立したLTCMは市況を読み間違えて倒産した)の受賞や、2022年はFRBの議長だったバーナキンの受賞など、グローバル金融資本家達の意向が強く反映されている。私はノーベル経済学賞と平和賞、それに文学賞は不要だと思っている。
 理由は拙著電子書籍「世界中が豆腐脳」(第二回)2023年7月に記述してある。
この随筆を校正しているときに、ノーベル生理学・医学賞が、mRNAの発明開発者として、カタリン・カリコ博士に決まったというニュースに、「やっぱりな」という思いと、無力感を感じた。
 2019年から彼女は、ビオンテックの上級副社長となったが、この会社は、2020年にファイザーとビオンテクが共同開発したCOVID-19ワクチンにも応用され、同じ技術が、モデルナのワクチンにも応用されている。ちなみに武漢型コロナが世間に発表されたのは2019年12月である。
 カリコ氏の今回のノーベル賞の受賞は、グローバリスト達の鮮やかな勝利だ。これで、mRNAワクチンへの懐疑が、ノーベル医学賞という権威を利用して弱められる。

信用創造資本主義の弊害

 市場経済の自由な企業活動と私有財産制だけでは、資本主義の特殊な条件を満たさない。すなわち
「銀行業による銀行が融資などにより公的な通貨を発行する信用創造と、市場経済の企業活動と私有財産制度が結合した経済システムで、かつ、それによって創造された債務貨幣(銀行券や銀行預金)が、社会の購買力の中心として機能している」
と言うのが「信用創造資本主義」の定義だ。

 ロスチャイルドを頂点とする国際金融資本家たちに支配された中央銀行制度(FRB、日銀も含まれる)、IMF世界銀行により、人類が奴隷状態に置かれていることを我々のほとんどが気付いていない。無意識下に置かれてしまったのだ。
 経済学とは「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」学問と思っていたが、主流の経済学は決して「経世済民」学ではない。強者による弱者への支配ツールだ。
 我々は、グローバル金融資本家達に、この先も頭を押さえつけられ、搾取され続けるのか。
 考えれば考えるほど「鬱」になる。
 出口は無いのか。
 周到に仕掛けられた、グローバル金融資本のシステムだ。簡単に粉砕する「解」など見いだせるわけがない。
 実行可能か否かは別にして、具体的な「実行策(解)」を求めて、一年半ほど彷徨(さまよ)った。
 デジタル金融システム、Web3のDefi(中央集権的な組織を介さずに、ブロックチェーン上で動作するスマートコントラクトによって実現される様々な金融サービス)なども調べてみた。どうにも理解できなかった。
 中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する議論が世界的に加速している。
 日本の中央銀行、日銀も現時点では発行する計画がないとするものの、CBDCに関する研究や準備を進めていることは公にし、実証実験も進めている。
 しかし、デジタル化したら「債務貨幣」のデメリットが増幅されるだけではないか。
 これまで西側のグローバル金融資本家達が、より短期間に、多くの儲けをもたらす賭博ビジネスに突き進み、投機マネーを巨大に膨らませ、世界経済をここまで危機的にしてきた信用創造資本主義が一層加速される。あるいは、それらの痕跡が、デジタル通貨によって消されてしまうのではないか。
 思い出してほしい。
 2008年9月15日(リーマンショック)第二次世界大恐慌の原因の一つに、貧しい人々に借金で家を買わせるために、サブプライムローンを組み、返済の見込みのないその債権で大手証券会社がバブルで稼ぎまくった。バブルは当然の如く弾けた。不良債権を政府に救済させ、国民がそれを肩代わり。金融資本家達は、無傷で勝ち逃げしたのをよもや忘れてはいまい。
 金融資本家達はそれに味をしめて、更に多くの利益を求め、経済をカジノ化させ、そして収拾がつかなくなったのが「今」なのだ。
 それを隠蔽し曖昧する為のシステムが、中央銀行デジタル通貨(CBDC)なのだ。
 日本の「マイナンバーカード」などもその延長にあることを理解すべきだ。

彼らにとって、都合の悪い経済理論

 そんな時にある書籍に出会った。
山口薫氏の「公共貨幣」(2015年・東洋経済社)、そして新刊「公共貨幣入門」(2021年・集英社新書)だ。
 山口氏はフィッシャーが提唱した「シカゴプラン」の進歩系とも言える「公共貨幣」という概念を生み出した。
 同じような、研究をしているのはリチャード・ヴェルナー氏だ。彼が出版した「円の支配者」は2001年日本でベストセラーになった(草思社)。この本は日本銀行の金融政策と中央銀行が行う窓口指導を分析する良書である。また「虚構の終焉―マクロ経済「『新パラダイム』の幕開け」(原題: Towards a New Macroeconomic Pradigm) (2003年PHP研究所)がある。

 山口薫氏の理論を、簡単に言うとお金には2つの種類しかないと言う。
 一つは「債務貨幣」もう一つは「公共貨幣」というものだ。
 債務貨幣でカギとなるのが「中央銀行」だ。
 日銀などの中央銀行が政府とは別な「民間会社」として存在し、国はそこから国債という借金をして紙幣を流通させている。これが「債務貨幣」
 借金であるため利息を払い続けなければならず、複利計算によって借金地獄に陥るリスクを常にはらんでいる。
 紙幣の流通量も「信用創造」というシステムが用いられ、手元資金の数倍の量を投資に回せるので、市中には実体経済を上回る資金が流通することになる。
 これに利息が付くので、金貸し、つまり金融資本家はカネを増やし続け、ない者は利払いで搾取されて借金漬けになる。
 つまり「信用創造」という名目で錬金術のようにお金を生み出し、バブルと不況を人工的に発生させることができるのだ。
 国家は天文学的な借金を抱え、その解消の為に戦争へと突入する。ここ100年来の人類の歴史をざっと考えてみただけでそれは明らかだ。
 そして、戦争に至らずとも、不況とバブルを繰り返し、破綻するごとに貧富の格差を広げて人々を苦しめてきた。
 マネーゲームを演出し、株価の高騰時には人々に高値で株を売りつけ、株価が下落した時には放出された企業株を安値で買い集めて企業支配を強化してきた。
 彼らは、メディア支配も洗練された方法によって、さりげなく情報統制も進めている。その大本締めが、金融資本、つまり金融グローバリストだ。メディアもどっぷりとそのシステムに取り込まれている。

ではこの仕組みをやめて、
1.銀行は保有する預金額に相当する実物貨幣を所有する。
2.中央銀行(多くは完全民営)から紙幣発行権を政府に移し、政府が紙幣を印刷したら、それがそのまま政府の収入になる仕組みとする。
3.銀行が民間に貸し出す限度額は、「部分準備金制度」により実際に銀行が持っている(預かっている)金額の100倍までとする。

大枠、これら3つの改革を実行すれば、先に挙げた現在の経済システム(債務貨幣システム)が持つ欠陥を全て解決することができるというものだ。
これが、「公共貨幣」の概略の骨組みである。詳細は山口氏の「公共貨幣」を読んでほしい。ここでは、わかりやすく説明することがこの随筆の要諦なので、細部は一切省略した。一般の方には、難しい事を述べても理解できないと思われるので(失礼!!)「山口公共貨幣論」の概略までを説明したが、より詳しく知りたい方は
 貨幣論増税なしでも国の借金は完済できる!シカゴプラン(貨幣改革)のシミュレーション
という山口薫氏の草稿論文のPDFを貼っておく。御覧頂きたい。http://www.muratopia.org/Yamaguchi/doc%28J%29/NewMonetaryTheory.pdf

 更に詳しく知りたい方は、上述の「公共貨幣」(2015年・東洋経済社)、そして新刊「公共貨幣入門」(2021年・集英社新書)を御覧頂きたい。ただ「公共貨幣」は現在、絶版で高額書籍になっている。

 共和党の大統領候補に2度立候補したロン・ポール下院議員が、2009年に「連邦準備銀行を廃止せよ」という著書を出版するとともに、連邦準備制度情報公開法を議会に提出し、成立させたことで、史上初めて連邦準備制度に監査が入ることとなった。これにより銀行の暗部が暴露された。
 2012年には驚くべきことに、国際金融資本の一端を担う組織であるIMFの研究部門の研究者2名による「シカゴプラン再考」が出版され、その中でシカゴプランの有効性が確認されている。

「公共貨幣論」の徹底排除

 このように、シカゴプランや米国貨幣法の考え方を取り入れるべきだとする考え方が2010年代半ばに、世界中に広がりつつある中、国際金融資本を是正しようとする動きは高まったが、それに対しグローバル金融資本家達は慌てた。
 それはそうだろう、お膝元のIMFの研究員が2013年に反旗を翻したのだ。
 その2013年を境にしてこれら改良「シカゴプラン」研究者達は、災難に遭遇する。

 山口薫氏は、2013年の春、同志社大学大学院教授の座を突然追われた。
 また、リチャード・ヴェルナー氏は、2003年にダボス会議の「次世代のリーダーの一人」に選ばれたが、「虚構の終焉」を上梓した直後、ダボス会議から追われた。WEFの汚い裏側を知って自ら関わりを絶ったとも言われる。
 また、ロン・ポールも、グローバル金融資本家から徹底的に叩かれた。
ちなみに現在共和党アメリカ上院議員ランド・ポールは、ロンの息子である。骨のあるアメリカ上院議員の一人だ。2022年、上院保健委員会の公聴会で「新型コロナウイルス」を巡って、ファウチと激しい応酬を繰り広げたことは記憶に新しい。ランドポールは何度もあからさまな脅迫に遭っている。
 
 グローバル金融資本家は、自分たちにとって都合の悪い、思想家・学者・政治家・研究者を徹底的に排除する。
 「新シカゴプラン」が公にされ、俎上にあがることを阻止するということは、この理論はそれだけ  「核心」を突いているということだ。
 只、このプランの実現は厳しい。世界の金融資本家達を敵に回すからだ。しかし、世界のあらゆる事象はまさにここを変えない限り、何も変わらないのだ。

Threshold of The Sword

 世界の先行きは、2014年のウクライナ紛争から端を発した、欧米諸国とロシアの事実上の交戦によって、ドル崩壊や大恐慌の危機、更には、第三次世界大戦の危機も孕んでいる。アメリカは、民主党バイデン政権(実質ネオコンが仕切っている)の愚策で、国家が分裂し掛かっている状況だ。
 岸田政権はその泥船に簡単に乗ってしまった。ロシアと中共と双方を敵に回した。
 端からアメリカは日本を助けるどころか、100%中国とは戦わない。「アメリカの核の傘」などもともと存在しない。かといって日本の「核武装」など全く論外だ。ここでは述べないが、ほかに方法はいくらでもある。もう一度冷静になろう。そして、自分の頭で考えよう。残念ながら多くの日本人は、未だに情弱で、mRNAワクチンを惰性で打ち続け、自己免疫力を進んで喪失している。精神的にも劣化し、物事を大きく捉えて、どのような戦略を立て、具体的にどの様なプランが必要か考えようともしない。本能的な判断能力が著しく劣化してしまっている。
 我々を不幸に陥れる阻害要因の元凶は何だろう。
 そんなことも考えずに生きてきた輩が、一番見苦しくばたばたし、晩年になって売国奴になってしまう。悲しいことだが現実だ。
 戦後80年に限っても、歴史を精査すれば、残念ながらそれはそのよう推移してきた。

 大手出版社が出版を拒否したという森永卓郎氏の「ザイム真理教」の記述にあるように、財務省はもはやカルト教団化し、その教義を守る限り、日本経済は転落し続け国民生活は貧困化し続ける。
 日本沈没のそのギリギリ、Threshold of The Sword(剣(つるぎ)の閾(しきい))=絶体絶命のその時に、この山口薫氏の「公共貨幣論」プランがあることは大きな救いだ。
 「豆腐脳」に陥った財務官僚OB達、グローバル金融資本家達の僕(しもべ)となってしまった日銀の指導者達も、あちら側に尻尾を振らず、自己保身の鎧を解け。日本人の矜持を持って、日本国のために命をかけて職務を遂行してほしい。優秀な頭脳を「日本再興」のために使え。
 それが出来なければ単なる小利口な小心インテリと証明されてしまうぞ。
 山口薫氏の「公共貨幣論」は日本人を救う。私の「鬱」も取り払える。
 このプランは細かな修正はあっても、大枠のはっきりした指針が見える。あとは、実行する胆が坐っているかいないかだ。しかし、現在の自民党や、既存政党、財界トップでは無理だろうな。
 アメリカと違って、中央銀行を55%政府所有する日本の「日銀」は、持続可能な公共貨幣システムへの移行が比較優位な立場にあるのだ。
 たとえ残りの45%の株式がロスチャイルドやロックフェラーの手に渡っていても、55%の結束があればそれは可能なのだ。
 驚くべき事実は、米国の負債総額が90兆ドル(一ドル150ドル換算で、1京3500兆円)で、その殆どは  FRBという民間の中央銀行から借り受けている。返済の目処がないのだ。まもなく巨大債務は崩壊し、商業銀行業は壊滅状態で、大規模な銀行デフォルトが起こる。その予兆は既にある。
 そして銀行が破綻すれば、西側諸国の決済システムに対する制御を失うことになり、そしてそのとき、CBDCが、彼らにとって「明らかな救済策」となる。断っておくが、救済されるのは、決して我々庶民ではない。
 そうなれば、金融グローバリストの完全支配が始まる。そうならない唯一の処方箋は「公共貨幣論」のプランだ。今なら日本はそれが可能なのだ。
 実施には多くの困難が伴うが、実現すれば、日本は、幕末以来、日清・日露戦争という、欧米金融資本家達の代理戦争から、敗戦をまたいで、今こそ真の「独立」を勝ち取ることが出来る。
 大東亜戦争で日本人は、軍人軍属、民間人を併せて430万人が亡くなった。今回の真の「金融独立戦争」は、知略と腹の据わった、リーダー達の決断だけでいい。
 日本人は欧米金融グローバリスト達のキャッシュディスペンサーとなって久しい。
 日本のリーダー達が、日本の為に命を賭して、その知力を結集するときが今なのだ。
 山口薫氏は、「世界に先駆けて公共貨幣システムを構築することの経済効果、及びその歴史的意義は限りなく大きい。日はまた昇る! 日本よ、世界を照らすリーダーになろう! 」と我々に檄を飛ばす。

   2023年10月6日   春吉省吾

追伸

 私、春吉省吾は
初音の裏殿シリーズの第一巻「怪物生成」第二巻「破天荒解」を既に上梓し現在第三巻「愛別離苦」を執筆中です。予定よりも遅れていますが、焦らずに書き進めています。
 この小説は、これまでの幕末期の日本国内の物語とは、趣を異にします。
 この「初音の裏殿」シリーズをお読み頂いている方々は、主人公、六千石旗本嫡男、宇良守金吾が琉球渡航し、通商貿易、経済流通、貨幣の何たるかを掴み、その後、大活躍する物語だと御存知です。
 私がとてつもないスケールで幕末動乱を捉えようとしていることが読者各位にはおわかりだと思います。また、そういう立場で「幕末」を考える必要があります。
 人間の繋がりと反目、市井のさりげない暮らし、それらを綜合し、政治と経済・金融、琉球や清、イギリス、ロシア、アメリカ、フランスなどの列強(加えてイギリス系、ドイツ系の武器商人も含まれる)との関連も絡ませ、具体的な記述をした「幕末もの」はこれまでにありませんでした。

 重層的記述に当初は、とまどうかも知れませんが、大河小説とは本来そう云うものだという、コンセプトで筆を進めております。お楽しみに。