春吉省吾のブログ

物書き・春吉省吾のブログです。マスメディアに抗い、大手出版社のダブスタに辟易して一人出版社を営んでいます。おそらく、いや、世界で最もユニークな出版社だと自負しています。

春吉省吾の令和8年(2026年)

ここ何年、大晦日も正月も通常作業

2026おめでとう

 あけましておめでとうございます。
 大晦日から元旦に亘って、この記事を書いています。
 令和7年(2025年)もあっという間に終了してしまいました。ここ何年も注連縄や、松飾りなど決まった屋台で販売しているおばさんから購入し、30日31日と神棚の掃除をして正月を迎えますが、日常の作業は、大晦日も正月三箇日も他の日常と全く変わりません。
 12月の忘年会などはごく限られた、弓道や居合の仲間達だけですし、深酒はしないので、その後、原稿作成に向かいます。
 
まあ、根が不器用なので他の人の3倍努力すれば、何とかなると思って、四十代からここまで来ました。おかげで六十代からようやく「大局観」を見ることが出来る様になったと思っています。

 新聞・テレビの記事は、死亡記事以外は信じません(死因は信じていません)。社説や論評記事は薄っぺらで酷(ひど)すぎます。世界の情勢は、足と自分の頭で纏めた一次情報記事が少なすぎます。日本の情報ソースは、共同通信時事通信などの偏向した通信社からの海外情報をそのまま記事にするのですから当然です。
 日本経済新聞を読むと、却って「経済」が判らなくなります。原因は簡単です。経済学という学問そのものの本質を理解せずに、金融資本主義を普遍のものとして、そこから発想を飛ばせずに、卑近な情報のみを受け取って(財務省などの都合のいい情報をそのまま受けとり)紙面を塞いでいます。これでは読者が体系的に理解することは到底不可能でしょう。編集者が判っていないのですから……。
 これらオールドメディアは、日本弱体化するようなバイアスの掛かった情報や、編集現場の責任者の偏向思想を垂れしているため「プロパガンダ」メディアに落ちてしまったのです。二十代三十代が、新聞・テレビを見なくなったのは、ネット情報などで、「?」ということが判ってきたという現実があります。
 しかしSNSの情報は、その真偽を見極められる「訓練された経験」が必要です。
 SNSの玉石混淆の情報から、世界がどうなっていくのかと考えると、大きな数本の筋が見えてきます。それが見えた日本人、スイッチが入った人間が一人でも多くなれば、日本は変わります。

 

2026年は激動の顕在化の年となる

 2026年丙午(ひのえうま)は、気づきはじめた者達と既得権を死守する者との戦いが顕在化し、それがはっきりと動き出す年になるでしょう。
 世界の変化は、一旦顕在化すると大きな変化が起きます。今まで何十年とくすぶってきたものが、あっという間に、一、二年で変貌します。そしてその変貌はどちらに転ぶか判らない極めて切迫した状況になります。数本の筋が、互いに絡み合って縺(もつ)れるか、反発し合って一方が切られるか誰にも予測がつきません。
 ウクライナとロシアの停戦・終戦イスラエルパレスチナ問題、中国不動産バブルからの社会崩壊、アメリカトランプ関税と財政・金融市危機、移民政策の失敗によるイギリス・EU諸国の移民による社会崩壊、イランの経済不安、アフリカ諸国の困窮、グローバリストと反グローバリストの戦いなどは、まさに鬩ぎ合いです。日本とて例外ではありません。
 我々はまさに「Threshold of the Sword」(剣の閾)つまり、剣の刃先の上に、裸足で乗っかっているようなものです。
 バランスを崩せば、右に落ちるか左に落ちるか、無駄な力みがあると足裏に血が滲みます。そして誰が先に落ちるか判りません。いわばチキンレースの様相を呈しています。
 それぞれ原因はどこにあるか、ごく一部の識者は分かっているのですが、その結果はどう転ぶか誰も判らないのです。判ったふりをして断定している識者・評論家は「当たるも八卦、あたらぬも八卦」という似非(えせ)易者の類いです。

 この綱引きは何年も前から既に始まっていますが、2026年から顕在化します。様々にいりみだれた情報がオールドメディア、SNS上で、今以上に飛び交うことになります。
 何処が崩れても、その影響は瞬く間に世界に広がります。私は中国の「崩壊」が最も早いと思っています。中国共産党政府の「あがき」がとんでもないことを引き起こすことを恐れています。

 

本末転倒の論で国民を騙す

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 日中関係が俄に悪化したのは、高市政権が「台湾有事」発言に関し、中共政府を刺激したと言うが、全くの認識違いです。中共政府の経済政策の失速、社会インフラの崩壊を隠蔽するために、日本の高市政権を批判し、その失政の矛先を転化させる切っ掛けを探していただけです。
 媚中・親中多くの自民党議員、公明党、立憲民党、れいわ新選組などの議員、経団連経済同友会、そしてオールドメディアのNHKはじめ、朝日新聞毎日新聞はじめ大手新聞社と言われる全てが、一斉に高市政権を叩き、これからも叩こうとしていますが、それは、日本を貶める「売国行為」です。
 菅、岸田、石破政権が、中共政権に対してあまりに無防備・無策で、何もしてこなかったツケが、高市政権になって顕在化したのであり、石破政権だったら日本は未だに眠ったままで、食い荒らされるままの放置状態でした。間に合うかどうか厳しい状況ですが、何とか日本侵食を阻止するために、高市政権に踏ん張って貰いたい。
高市政権の限界は色々と見えていますが、とにかく頑張っていただきたい。
 そして日本国民の、特に若い世代の「目覚め」に期待します。

 

 東京の小池百合子知事の愚策をはじめとして、北海道、大阪、愛知、福岡等々、都道府県の行政が中共資本に食い荒らされています。寧ろ行政が手助けをしている有様で、極めて危険な状況です。
 外国資本による土地の買い占め、移民政策を徹底強化しないと「アメリカ属国」の日本の中に、更に中国人やイスラム移民が入ってくる「入れ子」状態になってしまいます。
 移民政策大失敗のドイツ、イギリスの深刻さから、我々は何も学んでいません。アメリカ民主党・バイデン政権の移民政策は、民主党にとって好都合な意図的なものでしたが、そのツケをトランプが今、排除しようとしていますが、厳しい状況が続いています。これら根本原因を、NHKはじめ日本のオールドメディアは、黙して語らずです。メディアの罪は重い。

 

それでも私は自民党を評価しません

今や中共政府は国家体制そのものを維持できなくなっています。
 「国防動員法」と「国家情報法」を持つ中共政府にコントロールされている在日中国人とあわせて、政情不安な中国から大量の中国人が移入してきたらどうなるか。まともな移民政策を保たない日本はとんでもない混乱に陥ります。
 自分には関わり合いのないことと高を括っていると、取り返しの付かないことになります。誰も助けてくれません。いい加減日本人は「豆腐脳」(私の造語です)から卒業しなければなりません。
 中国ビジネスに関わる日本企業が、嬉々として、日本の土地買収に手を貸している売国的日本の経営者の姿勢には激しい憤りを覚えます。私は、独り不買運動を実施中です。(これまで一度も購入したことが無い企業が多く、実質効果はありませんが……)
 
 私は高市早苗首相の、ウクライナ政策(プーチン・ロシア政権の認識がズレています)や、消費税減税に対して消極的な姿勢、そしてパンデミック対策、食糧問題など、私と考えが真反対なので支持はしません。
 しかし政権発足以来、寝ずに頑張る彼女の意志と行動力には敬意を表します。自民党の大部分が、親中・媚中議員の中、緊縮財政を標榜する財務省を向こうに回して、奮闘する姿には感動すら覚えます。
少数与党で、党内も殆ど敵だらけの状態で、やりたくてもやれないことだらけのはずです。彼女なりの優先順位で頑張っていると思っています。先ずは、石破政権がメチャメチャにした政治不信を解消し、自民党クズ議員を束ねてもらう必要があります。今後どのような政策をするか、半年一年は、じっと見なければならないと思っています。
 媚中公明党が、勝手に連立離脱したのも、高市政権にとっても、日本にとっても僥倖でしたが、つまらない揚げ足取りをする立憲民主党共産党、それを一層煽るオールドメディアは「ゴミ」に等しい存在です。
 高市早苗首相は勿論、片山さつき財務大臣、小野田 紀美経済安全保障担当大臣の三人の女性大臣は戦後80年では最強の布陣です。いまや日本企業とは名ばかりの大企業のバックである経団連や、既得権を死守しようとする、国会議員、都道府県の首長、オールドメディアの強烈な「攻撃」は益々過激になるはずです。高市首相には踏ん張って貰いたいと思っています。
 ただ、高市首相の頑張りには敬意を表しますが、前述した様に、その思想と方向性は、私のそれとは大きく離れていていますし、戦後80年の吉田茂以来の「自由民主党」には闇が多すぎて、これを解体しない限り、日本の真の独立はないと思っています。自由民主党には投票しません。
 

現状は大きく変わっています

明治神宮

 12月の29日は、明治神宮内にある中央道場で、弓の稽古をして来ました。今年一年、射に悩んだ総決算でした。一々論(あげつら)いませんが、審査間際で突然の怪我や体調不振、弽の破損など、1年を通して迷いの年でした。弓の稽古は悩みのまま、終了しましたが、帰りに明治神宮に参拝してきました。
 驚いたことに境内は殆どが外国人の観光客でした。出国規制をかけている中共政府の政策のため、中国人は少ないようでしたが、それでも人種混合の興味本位の観光客が目立ちました。
 弓矢を持って参拝していたのは見渡した限り私だけでしたが、お札やお守りを買う日本人が長蛇の列を作っていて、お札は受けずに帰ってきました。
 翌30日に、1年お世話になった注連縄やお札をお焚き上げのために、氏神である代々木八幡神社に持ち込み、参拝し、新しいお札を受けてきました。

 

 昨年は、骨の中に出来た腫瘍が悪性でないことが判って、生死に関わる病気からは開放されたのですが、日常的にはいろんなことがありました。
 今年の3月に、クレジットカードがハッキングされたとカード会社から連絡があり、実害は無かったのですが、カードを再発行のため停止しました。
 パソコンも不調で、その間、ホテル予約の決裁が出来なかったようです。そうとは知らずに5月連休の真ん中、弓道の審査のため、京都のホテルのフロントに立ち、予約が自動キャンセルされている事を知りました。目の前が真っ暗になりました。連休時、京都中のホテルは何処も満室です。このままでは野宿するしかありません。何とか支配人に頼みこみ、倍以上の宿泊費を支払って宿泊となりました。
 昨年の9月当初に、父の十七回忌で、福島に帰省しましたが、そこで現金の入った財布と免許証を落とし、現在に至るまで、戻っていません。
 これまでなら、財布を落としても、手つかずで手許に戻るという「特殊な国日本」でした。他国では考えられない程の「善良な社会構造」でした。
 ごく限られた移動範囲での紛失なので、きっと警察に届くだろうと高を括っていましたが、見事に裏切られました。
 一度落としたものは二度と戻ってこない、善意の通じない社会と時代になったんだなと、殺伐とした気持ちになりました。特に生まれ故郷での出来事だったので、無性に悲しい想いにかられました。
いずれも、後処理が大変で、多大な労力と時間を使いました。

 

覚醒すれば、日本人は凄いのだが……

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 ひとたびカードハッキングやコンピュータ機器のトラブルが重なると、人間不在の厳しい状況に巻き込まれることを実感しました。IT社会の怖さを認識しました。 プライバシーは、普通にプロテクトしたぐらいでは、簡単に第三者に犯されてしまう社会になったのだと愕然としました。ITシステム化は、相手の個々の状況などお構いなしに、人間の行動規範をぶった切っていく時代、私の中では未だその「解」は見いだせません。

 

 日本の社会は残念なことに、我々世代、高齢者の思考劣化が著しいと思っています。
 数年前、中学の同窓会でのでき事。難関な女子大を出ていてるその女性は、当時の暮らしを評して「でも、我々の時代は何とかセーフで良かった」とのたまったのです。この女性は、ごく普通にそう思っているのだろう、きっと。しかし私には「自分が良ければそれでいい」という利己的な心根の吐露としか思えませんでした。
中学時代、あれだけ利発だった女性が、こういう考えになるんだなと、少し寂しい気持ちになりました。
 戦後80年の日本の教育制度の失敗だと思っています。しかし裏側から見ると、二度と日本を日本らしくさせないというGHQの日本人教育の「大成功例」ということでもあります。
戦勝国アメリカは、敗戦国日本化に対して、愛国心や伝統文化の継承性を希薄にし、一番大事な「日本人の精神性」を排除させるために、物質主上主義で、刹那的な娯楽・享楽を与え、日本人の精神を換骨奪胎しようとしたのです。日本には二度と力を持たせてはいけない。纏まらせてはいけないという方針で、それは今も続いています。

 我々世代の日本の大学教育は、マルクス経済学、左翼思想がその中心となっていましたが、宗主国アメリカの「日本人政策」とは合致していたのです。
 しかし社会人になって、改めて独自で学び直した少数の日本人は、このGHQ政策が、あらゆる階層に現在も深く浸透していることに愕然としたはずです。
 未だ洗脳され続けていると判る「リトマス試験紙」は、直近のコロナ騒動を思い出して貰えば判ります。恐怖と不安に日本人は踊らされました。
 遺伝子組み換えコロナワクチン、mRNAワクチンの接種行動などは、その一例です。無料だと言って、嬉々として六回も七回も打ち続けた老人達の行動は、私からみれば異常でした。私のブログやメールを見て貰えば、コロナ騒動の初期から批判の論評を繰り返しましたが、所詮ごまめの歯ぎしりでした。
 当時世界的に、mRNAワクチンを批判し忌避した人物は、政府や行政から、職を奪われ、イベルメクチンを投与した医師は逮捕までされました。日本全体の空気もそれに近いものがありました。恐ろしい現象でした。
 今はそれが間違いだと、世界のどの政府も百八十度方針を転換しましたが、日本の厚生労働省は未だにその非を認めていません。
 自分で情報を収集し、自分の頭で選択し、考え、意志決定できない日本人。コロナに感染して亡くなったのではなく、コロナ遺伝子組み換えワクチンで亡くなった方が、何万人もいたという「現実」は、闇の中に消され埋没してしまいました。そろそろ、政府の欺瞞に気がついても良いのですが……。

 

ことの本質は何処に

明治神宮宝物殿前

代々木八幡

作業場の神棚

 昨年の令和7年(2025年)は、私にとって不本意な年でしたが、慢性的な睡眠不足と、不規則に生活にも関わらず、食生活に留意し、様々な雑用も人任せにしないで生活した結果、お陰様で、風邪も引かず、コロナにもならず、インフルにもならずに1年過ごすことが出来ました。
 今年は「ことの本質は何処にある」というテーマで、様々なことを試み、新作小説執筆の史料以外に、電子ブックや単行本合わせて百冊以上の本を読みました。
 一番多かったのは、金融・経済に関する本ですが、歴史書、武道関連書、宗教・哲学書や、語学の本も多く読み漁りました。文法書と会話書、単語集などは一読しても身につかず、現在小休止中です。
 武道関連書は、奥義伝書、スポーツ科学書などから、武芸に関する体軸(中心軸)の使い方など、私なりの「武道の本質」を探すための読書をしました。今年は、居合弓道に応用出来たら良いなと思っています。
 哲学はニーチェ、シュタイナー、スピノザなど。宗教書では少し範囲を広めて、古代オリエントの宗教、マニ教ゾロアスター教(祆教)について数冊読みました。面白いですね。マニ教は千年に亘って、一世を風靡した宗教なのに、今は全く残っていません。

 ゾロアスターとは、ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」のツァラトゥストラのことです。空海(弘法大師)が、唐で、ゾロアスター教(祆教)に接しています。彼の真言密教の中にその教義が含まれています。空海、恐るべし。日本が生んだ世界最強の宗教家・思想家であると、私が30数年前から「心身経営学(哲理篇)」で述べているとおりです。
 新分野としては、インテリジェンス(Intelligence)に関する本を数冊読みました。丸谷元人(はじめ)氏の「インテリジェンス大国への道・国家や企業を脅かすスパイ活動の実体」は秀逸で、日本がスパイ天国だということがよく分かります。
 インテリジェンスとは、知能、知性、諜報をいいますが、ここでは「情報(Information)」を収集・分析し、政策決定者(大統領、首相など)が安全保障上の判断を下すのを支援するための、評価された情報という意味に使われます。いわば、諜報活動を指します。CIA(中央情報局)の「Intelligence」は、この意味合いで使われています。
 日本人のお人好しと言うか、無防備につけ込んで、アメリカ、ロシア、中共、朝鮮へ、情報が筒抜けな日本。急ぎスパイ防止法を作ってこれらに備えないと、国家の知的財産、国防上の機密が、丸々抜かれてしまいます。日本が保ちません。

 

NHKさん「大河ドラマ」とはこういうものですよ

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 現在、「愛別離苦」 ~初音の裏殿・第四巻~を執筆中です。
 大晦日から元旦の年が変わるときも執筆していました。
 冒頭に記載した通り、盆、暮れ正月など、私にとっては殆ど関係ありません。
 今回の「愛別離苦」 は、ページ数にして、およそ600ページに至り、歴史の事実に即し、社会の風俗、登場人物の性格の機微をもかき分けて記載しています。琉球那覇も主要な舞台になっています。
 ようやく最後の数十ページを記述しています。第四巻全体は、最後まで緊迫した何十もの場面は、緊張感と感動と、人間の様々な「情」が記述されています。
 宇良守金吾の人心掌握の凄さ、天才的な商才だけでなく、金吾は小さな切っ掛けから、イギリス、フランスなどの列強の侵攻策を早くも読み取っているようです。
 その「Intelligence」はまさに現在の指導者に必要な能力です。
 これまで、長編歴史小説・四季四部作、「春のみなも」「夏の熾火」「秋の遠音」「冬の櫻」を上梓し、「風浪の果てに」という異色の幕末時代小説もあります。
 本来の歴史時代小説、大河ドラマとは私の作品のようなものを指すと自負しています。
 今から10年ほど前になりますが、弓道の仲間の元NHKの職員の方を通して、大河ドラマのディレクターと食事をする機会を得ました。弓術の主人公が活躍する「冬の櫻」と「夏の熾火」の小説を手渡しました。
 その時、彼の曰く、「大河ドラマに対する、日本人の先入観は、信長、秀吉、サブとして家康が出るパターンと、龍馬、西郷が出演する幕末パターンの二つが、視聴率を稼ぐ方法で、大河ドラマが不調に終わった次作は、この二つのパターンのどれかを使って視聴率を稼ぎます」と語ってくれました。
 また、大河ドラマ一作の制作費は、巷間言われているような、金額から、はるかに少ない金額だと吐露しておりました。彼の名誉のために敢えて金額は公表しませんが、NHKとはそういう中抜きの組織です。
 今や時代劇といえば「大河ドラマ」という代名詞になっていますが、まあ実情はそんなものです。

 というわけで、私の描く歴史時代小説は、長編で、いい加減に端(は)折(しょ)っていないので、かなり手応えがあります。筋だけ追いかけたい方は、そのような作家の作品をお読みください。
 ただ、人間とは、一筋縄ではいかないのです。それを知るには、様々な社会の歴史的背景、政治、経済金融は勿論、当時の庶民の生活や慣習も合わせて知らなければならないのです。それが本来の「大河ドラマ」の役割です。日本人が日本人として覚醒するためには、拙著が役立つと自負しています。
令和8年は言動の年になりますが、一喜一憂せずに、「ことの本質は何か」と腰を据えて、健康に留意し、頑張っていただきたいと思います。
          令和8年1月3日   春吉省吾

武道における「正中線」と「丹田」

はじめに

 今回の「春吉省吾・歴史作家のへたくそ武道塾」は、来る12月13日に行う「居合道 見学・体験会」の実施に先だって、武道の基本を知っていただきたいという目的で記載しました。
個々の項目一つをとっても、一冊の本になるほどの内容ですが、ここに記載した内容は、大きな「幹」の部分です。
この「大きなこと」をご理解頂くと、武道だけに限らず、日常生活やあらゆるスポーツに役立つと信じています。
今回の「居合道 見学・体験会」のテーマの一つに、健康寿命を伸ばし、生涯武道として、心身の健康を助長する、とあります。その大きなテーマを理解いただくための基本認識です。
「居合道 見学・体験会」に参加希望の方はここから申し込みをしてください。締め切りは2025年12月6日中です。〉
見学体験部分

センター、体軸、正中線って何?

 運動科学者の高岡英夫先生の「センター・体軸・正中線」(ベースボールマガジン社)では、「正中線については、それが使われている分野によって、軸、体軸、センターなどと呼ばれ方が違うだけで、実は同じものを指している、つまり『重力線とその延長上に沿って形成された直線上の意識』であることがわかったのです。そして同じものならば、学術的に統一した名前が必要だと考え、それらの総称として『センター』を選びました。これらはあくまでも学術的統一概念として策定したものです」と記述されております。
 この「武道塾」というブログでは、武道全般で使われる「正中線」という言葉で統一して記述します。同じ武道でも「弓道」では、体軸を「縦軸」あるいは「縦線」と言ったりしますが、どれも同じ物だと思ってください。

 

 高岡先生はこの「センター(正中線)」は「意識」と仰っていますが、これを「身体意識」と言う言葉で定義しています。意識の世界ですからも実体に比べると理解しづらいですが、身体意識は、身体の解剖学的構造やバイオメカニズムに極めて密接に対応して成立していることが、今日の研究で判っています」と述べ、更に「身体と精神は身体意識を介し、相互に浸透し合うものであることに気づいてほしいのです。そうなると、身体と精神は別物であるという二元論が、身体と精神は明確な構造を持った身体意識というメカニズムを中央に置く、一つの力動的機能構造であるという、一元論に収斂していくことも期待できます」。(高岡先生・前出の書)
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私見で専門的になるので、この回では記載しませんが、この一元論は、空海が体系化した密教世界の「不二一体」や道元の「普勧坐禅儀」の禅の世界とも密接に関連し、最終的には仏教最高哲学の「唯識」とも関連します〉

正中線をより詳しく

 身体の中心を通る線を正中線と言います。
 頭の百会(ひゃくえ)から足の内くるぶしの間を貫く仮想的な垂直線として、眉間の奥、頭中部のやや後ろの前頭葉の下部、鳩尾(両の乳首を結ぶ体内の中心)、そして通常「丹田」と言われる臍下三寸(およそ9センチ)と言われる表面から数センチほど入ったところを貫くのが、正中線と言われています。
 ただそのラインにあまり固執してしまうと、固まってしまい、感知できなくなってしまいます。つまりどれくらい脱力できるかということがカギなのです。

 脱力し身体の各部が重力を受け、それぞれが自然に鉛直方向に延びているのを感ずることです。上半身は無用な力は抜き、地面の地球と一体するのですが、実践は難しいです。
 では、一本のラインという考え方で無く、正中線を軸とした「筒=円柱」と考えたらどうでしょう。
正面から見て、両耳と両肩を通る正中線の両脇2本のラインは、鎖骨の中央を通り両坐骨の外側を通ります。正中線の胴体の先には、尾骨があります。

 この正中線を中心として左右のラインを周とする「筒」と考え、頭頂から尾骨(または足元)まで貫く、体の中心に透明な筒がある様なイメージをしてください
 ここを意識することで、体幹が安定し、不必要な力みが抜け、自然で良い姿勢を保ちやすくなります。
 その筒の中は空洞で、光や温かいエネルギー(気)が満ちている、あるいは上下に流れている様子を思い浮かべることです。先ずは、この筒を意識しながら、ゆっくりと呼吸したり、立ったり座ったりといった日常の動作を行います。
 このように、正中線を「筒」として捉えると、単なる解剖学的な線ではなく、機能的・感覚的な意識の中心として活用するための有効なアプローチになると思っています。
 このイメージは日常の生活の中でも大いに役立ちます。

丹田って何?

 この筒の中の正中線と同じラインに、いわゆる「丹田」という「身体意識」が存在します。
 一般的に「丹田」と言われているものは、最も重要視され、正丹田とも、下丹田ともいい、身体の力や生命エネルギーを貯蔵すると考えられています。 身体の安定やエネルギーの源泉とも言われています 。
 この下丹田は、腹筋や体幹を支えるインナーマッスル(腹横筋、骨盤底筋群など)が適切に機能している状態すなわち「体幹の安定」させる、上述のエネルギーの中心の合わさる部分と考えられています。
 しかし、丹田には下丹田を含めて3つあって、眉間のやや上奥にある丹田を「上丹田」といい、精神の座とされ、集中力をコントロールする役割を持ちます。
 また「中丹田」は両乳首の真ん中の体内にあり、感情や情熱、愛情を司ります。
 中丹田を鍛えることで、感受性は高まりますが、中丹田だけが発達すると感情だけが暴走しすぎるので、下丹田がそれを制御する役割を担います。
 上中下の3つの丹田はここに在るという具体的な場所があるわけではありませんが、目に見えないエネルギーの中心点であり、相互に働き合って、精神と身体の合一を意識すると、武道そのものが根本から変わります。
 また、正中線丹田の見えない筒には、東洋医学における「気(本当は「氣」、エネルギー)」や「血(栄養)」が流れる通り道で、「経脈(縦の道)」がびっしり並んでいます。「絡脈(横の道)と合わせた総称を「経絡」といい、全身に張り巡らされており、身体の各部や内臓をつないで機能の調整を担うと考えられています。また、経絡上には「経穴(ツボ)」があり、東洋医学ではこれらを刺激することで不調の改善を図ります。

三丹田
経絡

肩甲骨の働きを考える

 背骨は体の中心にある骨の軸であり、正中線は体前面の真ん中を通る仮想的な縦のラインです。理想的な姿勢では、背骨が正中線に沿ってまっすぐで体全体のバランスが保たれます。
 背骨は、体を支える主要な骨の集まりで、首の骨(頚椎)、胸の骨(胸椎)、腰の骨(腰椎)、仙骨、尾骨などから構成されています。
 肩甲骨は鎖骨を介して体幹とつながり、骨盤は背骨(特に仙骨)とつながっています。背骨を介して上下の動きが伝わるため、二つの骨は互いに影響し合います。
 また、肩甲骨と骨盤は、背骨を介して間接的に連動しています。

 具体的には、歩行などの動作で、一方の骨盤が前方に動くとき、反対側の肩甲骨が外側に開く、という対の関係で動きます。この連動がスムーズに機能することで、体はブレずに効率的な動きが可能になります。

 

 例えば、剣の振りかぶり、切り下ろしでは、上げるときに胸を反り、下ろすときには背中を反ってしまいます。正中線があおられて、反らないと腕が上がらず、腕を上げるまでに時間が掛かる。切り下ろすときにはその反りが戻らないと腕が下りません。時間が掛かります。そのような動きは二段切りとなって、動き出しだけで無く、動き全体が読まれてしまいます。こういう居合は、高段者の方にも、多く見かけます。
 肩甲骨の回転で腕が上がるようになると、出だしの立ち上がり動作が相手に読まれず、体幹部の反り動作が無くなるから、早くなるという理合いです。
 これが出来ると、上げて下ろすという腕だけで見れば、二拍子の動きをしているにもかかわらず、一拍子のように感じ、相手からもそう見えます。
 これが、名人の「切り」となれば、肩甲骨と肋骨が離れ、肋骨の自由度が増して、益々肩甲骨の動きが滑らかになり、一拍子という感覚も無く、何だか判らないうちに切られていたということになります。我々凡人は、このために修行し稽古していると言ってもいいのですが、その難しさは「半端ない」どころか、私にとっては遙かに遠いものです。
 しかし、ここまで書いてきた基礎を知って稽古するのとしないのとでは、雲泥の差なのです。

2肩甲骨

肩甲骨1

肩甲骨と股関節

「居付き」とは ?

 

 普段私たちは、無意識に「居着き」のオンオフを使い分けて生活しています。
 しかし、そんな事は誰も思考の俎上に乗せません。でも、スポーツや武道にとって、これを意識することが、とても大切です。
 簡単に言うと「居付き」とは、移動したいのに身体はその場に留まろうとする無意識の反応のことです。この「居着き」がある状態では前に進もうとしているのに身体は元居た場所に無意識的に留まろうとします。この反応は前に移動する際のブレーキになるので、アクセルを踏みながらブレーキも踏んでいる状態になってしまい非効率な状態です。
 チョットわかりにくいですね。では、逆に「居着いていない」状態とはどういう状態かと考えます。「意識が自分の重心をコントロールできている」状態と思ってください。
 揺れる電車に立っていても、意識していればよろけることはありません。
 これは重心のコントロールに関係があります。動いていようが止まっていようが、意識が重心をコントロールしていれば、何か起こったときに対応できます。

 これが出来ない状態こそ、「居着き」です。
 つまり、これまで述べてきた、正中線丹田の精神と肉体の感覚と見事に対応するのです。
 本来、武道の「形」とは、文字通り動きやかたちを憶えるものではなく「体の動きの緩急に関わらず」「意識は一連」とする鍛錬、つまり「居着かない心体を作る」ための訓練なのです。あらゆる武芸の初心者、熟練者共に、稽古に欠かすことができないことなのですが、ここをしっかり指導しておられる指導者は、あまり見かけません。
 ここで居合道の優れた点をPRしておきましょう。
 居合道とは、「居」の状態から始まる戦闘を想定した「居合」という武術です。
 日常の「居」から、その相手が敵対者と見きった瞬間、「動」へ素早く、しかしけどられること無く切り替えることこそ、「居合道」で、生きるための武術なのです。

 また相手が突然切りかかってきたときに、瞬時に「動」に切り替えることが心身一如、命を守る道です。
 「武術」と「格闘技」の本質の違いもここに在ります。日本の武道は、奥が深い。特に「居合道」は生涯武道として、深遠です。
                
 令和7年(2025年)12月1日  春吉省吾

宮本武蔵

新しい歴史の視座が、「日本」の危機を救う

細部を把握できなければ、大局は掴めない

 私事から話を進めます。
 企業の黒子として30代から中長期の企業経営の戦略・戦術のお手伝いをして参りました。
経営計画策定という、企業の根幹のMissionを、顧客企業の代表者・企業幹部の方々と策定し、それらをベースとして、販促広告・イベント業務を実施しました。
 黒子としては、企業戦略に関わる大局から、個々の具体的な細部に亘って把握していないと何も出来ません。講釈たれの単なる評論家など、企業は求めていません。
 勿論、関わった企業の中長期の具体的戦略・戦術は「企業の中枢」ですから、絶対の守秘義務です。関わった企業の情報は、今後一切、私から漏れることはありません。それが「黒子としての自負」です。我が会社が40年以上続いている証です。

 例えば、綜合イベントのプロデューサーとして、提案計画したことを、具体化していくわけです。失敗したらその企業に多大の御迷惑を掛けます。やりがいもありましたが、この仕事はきついものでした。
 関係役所への申請、イベント会場担当との打合せ、下請け業者との打合せなど、企業から全権委託され活動しました。CADを使って会場デザインの詳細設計もしました。会場設営の指示、オープニング期間のトラブル対処、終了後の撤収、ゴミ処理まで、全て何千もの項目が頭の中に入っていました。
 あわせて、テーマ設定から、得意先へのリーフレットデザイン・印刷、当日の集客集計のためのバーコート印字まで請負いました。
 「黒子」の存在は、企業(主催者)にとって、金銭的利益に役立たないと判断すれば、直ぐに切られるという過酷な立場です。失敗は許されないのです。
 「黒子」は、どんなに危機的状況になろうと、冷静でいなければなりません。胃がキリキリする瞬間は数多く経験しています。
 イベントのオープニングでリースした大型プロジェクターと持参したPCが上手く繋がらず、オープニング1分前に、ようやく繋がった事などもありました。精神は鍛えられ、常に代替案を準備していました。
 お陰様で、その企業とは30年に亘って、無事に任務を果たすことが出来ました。会長様、社長様には大変御世話になりました。
 この企業に限らず、様々な面白い企業のお手伝いをさせていただきました。いずれも私を育て鍛えていただきました。
 しかしこの厳しい「黒子」を、この先も続けたら命が無いなと思っていたので(その間、命に関わる病気を2度ほどしました。1度は、手術日を延ばし、イベント終了後に手術をしたこともありました)、60歳になったら、この世界から引退すると決意しました。

 設立当時は、数人の社員がおりましたが、色々と問題があって、創立5年をもって「独り会社」になりました(資本金は大きいのですがね……)。
 創業から5年間、キー局のテレビ会社の下請け孫請けもしましたが、メディアの腐敗は、本当に酷いものです。
 今でこそ、イーロン・マスクのXなどのSNSによって、「オールドメディア」が「偏向報道」の発信元という事が、若者の間でようやく知られるようになりました。しかし未だに、「ワイドショー・情弱」に陥っている、日本の中高年が日本の変化、発展を阻害しています。
 ただ、最近知ったことですが、残念なことに、Xの日本法人の株主は100%電通関連だと言います。どうりで彼らに都合の悪い情報はバンされるはずです。イーロン・マスクさん何とかして欲しいです。

 

メディアの刷り込みを逃れるには、自分で情報を取るのみ

 戦後80年経ち、我々も含めた戦後世代の日本人は、自分で情報を集め、自分で分析し、比較検証し自らの意見を醸成するようなそんな社会環境ではありませんでした。何しろ、昭和34年(1959年)現在の上皇上皇后様の結婚パレードの時は、家にテレビがなくて、近くの家で白黒14インチのテレビを見せてもらいました。
以来、テレビから受ける「情報」は貴重で正しいものだという刷り込みが消えませんでした。何にしろ白黒テレビは日本人の「三種の神器」の一つでした。
 朝、寝ぼけて起きて、無意識にテレビを付けてボーッとした頭でニュースを見る。それが何十年と続くと、その情報が、偏向報道であっても、無意識に受けてしまう。こうなると、新しい違った視点の情報は、脳が拒否し、自分の頭で考えられなくなってしまう。心理学で言う「認知的不調和」と言うもので、なかなか意識を変えられません。
 私の場合は、テレビ業界の下請けを数年やり、新聞・テレビ広告代理店業務も数年やったので、裏事情を早くから知っていました。NHKをはじめとしてマスメディア業界は、長年の既得権益電通博報堂などの巨大代理店との癒着、媚中・媚韓、そしてアメリカ・ユダヤ資本家の金融グローバリズムの情報支配によって身動きがとれなくなっています。
 少数の日本人は、薄々知り始めているようですが、実際は思う以上に酷いものです。

 テレビや新聞を惰性で眺めている大方の高齢者は「今までこれでやって来たし、今さら変えるのも面倒だ」となり、選挙に関しても、「選挙は誰にいれてもどうせ変わらない」と今まで通り自民党に投票。
高年齢者の意識硬直が「日本」を危機に陥れているまずい状況です。また一方で、政治に白けた若い層の投票率は低い。それでも今年7月に行われた投票率は58.51%で、22年参院選(52.05%)を上回ったと言います。しかし国民の41.49%は棄権。4,763万人が棄権しています。
 惰性で投票する高齢者。20代から30代までの若い年齢層は選挙に行かない。「関心が無い、入れる政党、人物がいない」とこれまで極端に投票率が低かったこれらの世代が、今年は前回と比較して10ポイント上昇しました。それが参政党の大躍進に繋がったようです。
SNSからの情報で、オールドメディアの「?」に思い至って、若者達の投票行動が変わったのか、それとも一過性のものかは、早急に判断できません。
 しかし、日本の閉塞感を何とかしたいという若い方達の意識が変われば、日本は変わります。時間は掛かりますが、自分たちの政治を変えていくのは、「選挙権」を行使することからはじめるしかないことを近しい方たちと確認し合い、とにかく投票に行くことです。

 

心身経営学講座から学んだこと

 実業で学んだ知識を元に2000年から日本的経営の基盤である思想的・哲学的背景(仏教・儒学神道)を軸にした「心身経営学」講座を、中堅・中小企業の経営者、承継者を対象に数年開催しました。
 MBAなどのプラグマティズム・極端な結果主義、表層主義に堕ちてしまった経営戦略・戦術などを見直し、日本人の経営者の血が通った「日本的経営の哲理篇」と、あわせて「科学的な経営戦略・戦術の技法篇」を融合した日本的経営学、「心身経営学」の講座を開催しました。
 しかし、当時の私の教授法では、伝達の未熟さからなかなかその意味する大事な部分が伝わりませんでした。また今でこそ「日本ファースト」など、日本の伝統と歴史の正しい再認識が行われようとしていますが、25年前では、そのような「日本的哲理」をベースにした、経営講座は時期尚早でした。
 日本の1980年代後半から1990年代初頭にかけて「経済一流、政治三流」という言葉が盛んに使われ、バブル経済期の日本を象徴する思い上がった表現が逸りました。しかし何のことはない、「日本商工会議所」「日本経済団体連合会経団連)」「経済同友会」の今に至る組織の動きを見ていると、やはり三流です。勿論企業経営者としては一流、超一流の方は数人いらっしゃいますが、団体としては、株主資本主義、金融資本主義のグローバルの軛(くびき)から決して逃れられません。やむを得ません。まして政治は、宗主国アメリカ様の言いなり、媚中、媚韓とランク外の問題外。
「経営講座」は単なる異端経営学と認識されてしまったのは、当然かもしれません。

 60歳からは、長編小説(エンターテインメントや歴史時代小説)を書き始めることにいたしました。覚悟の上で始めたので、株式会社ノークの関連部門として、「ノーク出版」という「一人出版社」を立ち上げ、現在に至っています。

 

戦後のアメリカの日本統治の変遷とライシャワー

 戦後アメリカ統治に「依存」し、独立を放棄し、経済発展に特化した政策によって今の日本があります。日本人の精神性そのものを破壊せよというトルーマン大統領の指示の下、3S政策、Screen(スクリーン=映像鑑賞)、Sport(スポーツ=プロスポーツ観戦)、Sex(セックス=性欲)を用いて大衆の関心を政治に向けさせないようにする愚民政策が取られました。
 CIAの援助によって作られた「自由民主党」の完全占領下で、日本人は「精神の牙」を抜かれ、日本人が目指すベクトルは経済発展一択になりました。いや、そのように仕向けられたと言っていいかもしれません。
その後、日米間に大きな亀裂を残した60年安保闘争、当時の首相岸信介の打ち手は、強引でした。

 その直後、アメリカ民主党ケネディ大統領政権下で、ライシャワーは、1961年(昭和36年)3月19日に駐日アメリ特命全権大使として着任します。日本生まれで日本語も話せる、駐日アメリ特命全権大使であるライシャワー、その妻松方ハルは、明治の元勲松方正義の孫娘でした。
 ライシャワーは、日本のメディアや文化人を取り込み、実に巧妙に対日文化政策を誘導し実施しました。
ライシャワーの戦略は、安保闘争以後、文化人、知識人、官僚を取り込み、表面はソフトなイメージの親米思想に転換させるためでした。
 簡単にいってしまえば、ライシャワー歴史観の核心は、「開国が近代化をもたらした」のは、ペリー来航が日本近代化の発端であるとして、アメリカのおかげで日本は進歩したとおもわせることにありました。
 5年間に亘り、駐日大使を経験したあと、1973年、ハーバード大学内にエドウィン・O・ライシャワー日本研究所が創立されました。

 ライシャワーは、第二次大戦中に、アメリカが対日作戦遂行のためにつくった陸軍日本語学校の設立にかかわり、日米開戦以後は、日本軍の暗号解読のための研究所の設立や、日本敗戦後の対日占領政策を決定する国務省の会議にも参加しています。
 敗戦後アメリカの日本統治政策は、東京裁判の基本戦略がベースになっています。天皇戦争犯罪人のリストからはずし、天皇制をアメリカの傀儡としてつかうこと。そのためには東条英機ら一部軍部中枢に戦争の全責任を負わせることにしました。
 ライシャワーが1946年に出版し、その後も加筆してきた「日本史」で展開されている明治維新観は、「やがて、内部的に弱体化していた幕府の体制は崩壊し、新しい日本の誕生のための地ならしが行われることになり、その起動力になったのが、この外国からの圧力なのであった」と言う歴史認識です。

 

幕末・明治維新の視点をかえてみよう

 しかし果たしてそれはどうだろう。表層のみを捉えたものではないか。
 幕末、イギリス、フランス、アメリカ、ロシアなどの列強の日本侵攻は、当初は清国のように実質的植民地支配を目指すものでした。
 しかし列強は、武士をはじめとした庶民の民度の高さを知り、彼らは方針を変えたのです。
江戸中期以降、日本国内は、幕府と武士階級を慢性的な財政難へと追い込んだ構造的矛盾、すなわち「米本位制」と「貨幣経済」の深刻な摩擦をずっと抱え込んでいました。その構造的矛盾が列強の日本来航によって、一気に顕在化したものです。
 彼らは、直ぐに日本国内経済は、世界標準と大きく違うことを知りました。例えば、当時国内での金銀の比率と欧米でのそれとでは、金が銀に対しておよそ三分の一の交換比率の差がありました。
 特にイギリスは、経済的矛盾を抱えた幕府を立て直すか、あるいは薩摩・長州などと組み、幕府を揺さぶるかという両面作戦で臨んだのです。
 実にしたたかな戦略です。それに比較するとフランスの対応は、随分と稚拙でした。またアメリカは、南北戦争の後遺症で、日本では、イギリスの後塵を拝さざるを得なかったのです。
 イギリスとフランスの決定的な違いは、その金融ネットワークにありました。何しろフランスの日本への送金はイギリスの金融ネットワークに牛耳られ、全て筒抜けになっていたのです。
 さらに、したたかなイギリスの武器商人達は、当初は日本国内の幕府側と反幕府側の双方に、南北戦争で売れ残った大量の武器を供給しました。
 そのようなイギリスの手先であったグラバーなどは、目先の利にさといが、全体を把握する能力など持っているはずがありません。
 まして、勝海舟以下幕府の面々は、イギリスの金融システムなど理解するはずもありません。その勝を妄信する、坂本龍馬などは、残念ながら使い走りでしかないのです。
唯一、ハリスと通貨交渉で、金融グローバリズムのシステムを知ったのは、幕臣小栗忠順ぐらいでした。

 

金融グローバルシステム

 我々は、金融システムを構築したイギリスのしたたかさを過小評価してはいないだろうか。明治政府が誕生したのは、イギリスのお金によります。
 日英同盟日露戦争もイギリスの盾にならざるを得なかった日本と認識すべきです。
1913年12月23日、アメリカ、ウッドロウ・ウィルソン大統領のもと、連邦準備法の成立によって、FRB連邦準備制度)が設立されました。
 「通貨発行権力」[通貨の流通量・価格の決定]「金融政策決定権」を持つ連邦諮問評議会とニューヨーク連邦準備銀行は、事実上、ロスチャイルド支配下におかれました。
 そのFRBの株を、米国政府は一株も所有していません。
 アメリカ・ドルは「米国債を担保に、ニューヨーク連邦準備銀行が政府に貸し付けた債券」であり、即ちアメリカ国民はロスチャイルドの銀行に借金して、税金を払い、物品やサービスを購入するたびにFEBに「本当は払わなくてもよい利子」(25~35%?・実際のところ不明)を払い続けています。
 ロンドン・シティ、ニューヨーク・ウォール街の金融資本は、形を変えて、ロスチャイルド家やロックフェラーに支配されて、金融グローバルの体系を形づくっています。
 これを崩そうとす、指導者は、暗殺や暗殺未遂の憂き目に遭うようです。

 比較すべきもない大思想家の、フリードリッヒ・ハイエクは、経済学のインチキを見抜いた偉人です。76歳になってノーベル経済学を受賞しましたが、「私はもう経済学はやらない。裏の秘密が判ったから」と50歳で理論経済学を追求することを止めました。
 彼が悟ったのは、学者達がいじくり廻す、経済学の「核」は、全ては「お金」、金融だと言うことに気づいたのです。国家の意志で、あるいはFRB(米連邦準備制度理事会)をはじめとする、シティやウォール街の金融資本家達の意志で、お金を統制して、インフレも、恐慌も戦争も起こすことが出来ると気づき、危ないと判断したハイエク理論経済学から手を引きました。
 この闇に触れた、学者は過去に学界から追放されています。しかし、ようやく在野の経済学者がその闇を我々の前に、明らかにしてくれる時代が間もなくやってくると期待しています。その時、机上の経済学・金融経済学は役に立たないと知ることになります。

 

ライシャワーの弟子、マリアス・ジャンセン

 マリアス・ジャンセンというライシャワーの弟子が、日本は開国をつうじて近代社会に変革したという史観に沿って、昭和36年(1961年)に「坂本龍馬明治維新」を上梓しました。
 当時、坂本龍馬を研究対象にした学者はすくなく、しかも龍馬の手紙やエピソードなどをおりこんで本にしてアメリカで発刊したのです。

 昭和39年(1964年)の10月10の東京オリンピックを控え、日本中が前のめりに、建築ラッシュオリンピック需要に国民の生活は大きく変わりました。同年10月1日の新幹線開通に象徴される希望の日本でした。
 手放しで経済成長を謳歌する時代、1962年6月から、司馬遼太郎氏による「竜馬がゆく」の連載が産経新聞で始まりました。
 「竜馬がゆく」の基本認識は、マリアス・ジャンセンの「坂本龍馬明治維新」の史観を土台にしています。御本人もそれを認めておられます。

 今に至るまで、坂本龍馬の行動や考え方は、司馬氏の「竜馬」に固定されました。筋立ては単純で、単純故に、日本中に「竜馬ブーム」が沸き起こったのです。竜馬の行動はドラマティックで、高度成長期の夢を追いかける日本人にとっては、竜馬の英雄譚は、実に希望であったのです。
 中学生だった私も、同級生の文学青年に勧められて、単行本全5巻を読んだ記憶があります。
 以来、司馬氏の著作は、日記、紀行文に至るまでほぼ全てを読んでいます。
 司馬氏の形づくった「竜馬像」は、今もなお、日本人の「竜馬像」として固定されています。それを否定しようとすれば、徹底的に批判されてしまいます。その方にとって「司馬氏の竜馬」はまさに「宗教の教祖」のような存在であるのでしょう。
 ライシャワーの著作「日本史」の歴史観をうけついだ、マリアス・ジャンセンは、公武合体派の、旗振り役の坂本龍馬を「時代の典型」として売りこんだのです。その歴史観司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」の下敷きとなったわけです。
 一方で、ジャンセンは、同郷の中岡慎太郎などは、革命家としての中岡を否定しています。
事実、尊皇攘夷をドグマと信じて行動している志士たちは、あまりに純粋です。例えば、私の長編時代歴史小説の「秋の遠音」に記載した真木保臣真木和泉)などはその典型です。その半生を記述していくと壮絶で苦しくなります。
 その点、司馬氏の描く「竜馬」のキャラクターは、当時の高度成長期の日本という時代が求めた、英雄でありました。

 

新しい視座の歴史時代小説

 しかし、時代は変わりました。明治維新の背後には、イギリスのしたたかな戦略があり、それに取り込まれた日本を、歴史研究者達がようやく発表するに至りました。世界の中で、幕末とは何だったのか、明治維新とは何だったのかという新しい歴史の視座です。
 そして今、世界は金融グローバリズムの支配の中にあると言うことも、ようやく一部の日本人研究者によって語られるようになりました。
 しかし多くの「御用経済学者」や「御用歴史研究者」からは、そのような学術論文は見えてきません。
 むしろ野にあって、優れた感性や新しい切り口で、YouTubeSNSで読者を獲得している研究者達の意見の方が遙かに説得力があります。

 多くの日本人は、これまでの高度成長時代の「物事を単純化した思考」から抜け出さねばなりませんが、追いついていないようです。
 世界の実相は1960年代から60数年を経過していますが、我々が生きているこの社会は、それよりも遙かに深く、多極化・重層化しています。我々は、それに耐えうるように、思考と思想を再構築しなければならなくなったのです。
 それは司馬氏の、歴史的時代小説「竜馬がゆく」を否定するものではありません。
 しかし、今まで是とし、正しいと信じてきたものが、我々の足を引っ張っている諸悪の根源であったり、信じていたものが、事実と真逆の「倒置」そのものであるという、驚愕の事実も知るべきなのです。
 今まで学んできたことは何だったんだと、自己否定から新たに、自己の存在を作り直さなければならないという厳しい現実があります。これは、物書きとしても辛いことでした。
 高度成長期のように、未来は明るく、頑張れば成果を得られるという単純な楽観主義の時代認識は出来なくなったのです。
項目だけを挙げただけでも、
 グローバルな課題の深刻化(金融グローバルシステムも含む)、情報化社会の功罪、経済的・社会的不安、価値観の多様化と摩擦(宗教問題、移民政策も含む)、技術的進歩の倫理的側面など、相互に関連しています。
 これらの課題に対処するためには、単純な楽観主義ではなく、悲観論に陥ることもなく、現実を直視しつつ解決策を模索する「批判的楽観主義」や「賢明な悲観主義」といったアプローチが必要です。私が現在執筆している「初音の裏殿シリーズ」はそのような視座にたっています。

 戦後教育のもとで育った方々、現状を旧来の認識でしか捉えられない方々には、私の長編歴史小説の意図がなかなか解って貰えないかも知れません。
 ならば、新しい視座の歴史時代小説を次世代の方々に伝えることが出来ればと考えます。次世代の方々に、このような歴史の視座があると思って頂ければありがたいです。いずれこのような視座は必要なものだと理解いただけると思います。
 大赤字でも、オールドメディアに全く無視されても、「私の大欲」を完遂したいと思っています。

 取材から執筆だけでなく、本冊子のレイアウト、割り付け、印刷製本発注、PRリーフレット、ブログ告知など、信じられないかもしれませんが、私が全て独りでやっています。ただ書き下ろしの校正は、いくらやっても一人では限界があります。誤字のお叱りは承知の上で、先ず上梓することを最優先に考えています。(その点に関して、深謝)

 

日本幕末大河小説「初音の裏殿」第四巻・愛別離苦

 現在、日本の次世代に向けた大河小説を執筆しています。構想十数年の幕末歴史小説です。日本の次世代に向けた大河小説です。諸先輩方の残された長編歴史小説とは、その視点を異にし、重層的、多面的、且つ細かな人間関係を描いています。
 第四巻は、主人公宇良守金吾が、5年ぶりで、琉球の愛する石嶺王女・真麻刈金こと秋月に会いに行く事が物語の中心となります。
 渡琉のために、島津斉彬への懇願をはじめ、資金調達や交易品の買付に天才的な能力を発揮します。
 この第四巻~愛別離苦~では、長崎に幽閉されたアメリカ漂着民のマクドナルドから、伊之助が英(米)語を習得し、更に、その伊之助の設計によって新船「菊花丸」を造船し、琉球に暮らす、秋月と金吾の間に出来た憲吾を迎えに行きます。
 憲吾とは初めての面会です。琉球では、英国宣教師・医師のベッテルハイムと親しくなり、家族の生活を知ることになります。英語を話せる伊之助によって、イギリス、香港、上海などの情報を仕入れることが出来ました。
 唐船との交易、琉球王府との密約など、金吾の天才的交渉術が冴え渡ります。しかし、結婚50日にして、秋月とは悲しい別れを迎えなければなりませんでした。
 日本に戻った金吾は、どのように変貌するのか……。アメリカ、イギリス、そして清国、琉球の最新情報を手にした金吾。彼を利用しようと画策する、幕閣、朝廷、薩摩などとどう向き合うのか。
 世界の情勢を知った金吾。同時に、彼の出自宇良守家は、104代後柏原天皇庶子であり、金吾自身は光格天皇の孫であり、現在の天皇、121代孝明天皇(16歳)の甥なのです。
 従来の幕末歴史時代小説は、世界の中の日本という立ち位置を考察した物語は少なく、さらに朝廷・公家達が、どのように立ち回ったかは、副次的にしか描かれていません。ましてその両者を描いた、歴史時代小説はこれまで全くありません。壮大なスケールと、より深い事象への切り込み。更には、様々に綾なす深い人間の情愛の記述をお楽しみください。スリリングな展開と、推理小説的展開。そして、悲しい場面には、遠慮せずに清々しい涙を流してください。

 

時代が求めた物語とその制約

 例えば大先輩の吉川英治氏は、自宅でも巻き藁に向かって弓の稽古をされていたようです。本来でしたら吉川氏が、私よりも先に本格的な歴史弓道小説をお書きになっていたはずですが、当時は未だ、各流派の伝書は纏まって世に出ていませんでした。と言うわけで拙著「冬の櫻」「夏の熾火」という本格的な弓術歴史時代小説を私の手で書き上げる名誉に浴することが出来ました。
 また、司馬遼太郎氏の時代は、世界の金融グローバリストの暗躍など、誰もが知らずに、日本人はがむしゃらに働けば、今よりももっと明るい明日があると信じて疑わなかった時代です。
 時代がその物語を、その思想を求めるのですが、時代の制約によって書き切れなかった、書けなかった物語もあるのです。
 あるいはまた、歴史の視座が多くの人々に認知されないけれど、ひっそりと生まれる物語もあります。
 それは多くの人達に認知されるまで、ひっそりとそこに置かれています。誰かがそれを採りあげてくれて、それに影響をうけ、行動や意志決定の助けになれば、歴史作家として冥利に尽きます。

 また、幕末から明治、そして現在に至る「歴史の視点の再認識・再考察」によって、歴史の表層の風景が変わってしまったとしても、「人間として不変なものは何か」「何のために生き、何のために人を愛し、何のために……」という様々な人間の本質は普遍です。
 歴史に繰り返しはありませんが、「歴史は韻を踏む」といいます。人間の愛の形の物語にも同じものはありませんが、「愛もまた韻を踏む」と言えるでしょう。
天才宇良守金吾の「愛」とは何か……。
 それはあなたが、間もなく上梓する「初音の裏殿」第四巻・愛別離苦を手に取って、確かめてみてください。
令和7年11月11日   春吉省吾

春吉省吾の近況報告 2025.6.9

①はじめにお知らせです
琉球紅型

  本当は、この時期に、「司馬遼太郎氏の功罪」というタイトルで、日本の社会文化論の電子書籍を上梓するつもりでしたが、諸般の事情で延期せざるを得ませんでした。この2ヶ月半、様々な事が重なって、電子書籍の執筆を取りやめています。
  私にとっては最悪だった令和7年の4月・5月の近況を御報告します。
  これは、愚痴では無く、誰にでも起こりうる事なので、敢えて皆様に御報告しようと思い立ちました。
  と言うわけで、この2ヶ月ブログをアップできない状況が続きましたが、私は至って元気で、東京を離れた一日半以外は、一日12時間以上パソコンに向き合って、PCの新システムを構築しながら「初音の裏殿・第四巻~愛別離苦」を執筆しています。弓道と居合の稽古も、下手ながら何とか「本質を掴みたい」と継続しています。
  また後述しますが、力仕事も色々とやりました。
  
  現在執筆中の「初音の裏殿」シリーズが完成すれば、幕末歴史時代小説の概念が変わると信じて執筆していますが、その評価は、私の生前には難しいでしょう。現在の中高年の方々は、失礼ながら、日本人がおかれている危機を実感されておりません。長い間、日本国民の間違った教育指導、オールドメディアの国民洗脳によって、大局的に物事を考えられなくなっています。中途半端なプラグマティズム、拝金主義に犯されているので、余程の自己努力が無いとその呪縛を解くことは出来ないでしょう。私の造語ですが「豆腐脳」に堕ちた人間は、実は被害者でなく、加害者でもあるのです。現状を他人任せで考えもせずに生きている事は、真剣に考えている方々には迷惑であり、回りまわって、それが自分の首を絞められていることに気づいたときに、ジタバタして却って事を悪化させます。
  
  この連作「初音の裏殿」超長編幕末歴史時代小説は、サバイバル日本を担う、次世代の方々への「知的・戦略」の指南書になるはずです。
  今回の「初音の裏殿・第四巻~愛別離苦」は、5月末現在、冊子仕立てで284ページまで書き進めています。薩摩藩嫡嗣、島津斉彬とガチな交渉をして、琉球那覇の在藩奉行の邪魔が入らないように、滞在許可を認めさせた天才・宇良守藩六千石嫡男、宇良守金吾。
  これでいよいよ、琉球王女、真麻刈金こと秋月と主人公金吾の間に授かった、宇良守憲吾を日本に迎えるための準備が整いました。秋月を日本に連れてくるという約束を五年越しに果たすのです。
  長い道のりでした。そのために金吾は、精製樟脳、紅茶、煎茶の加工販売を模索し、藩財政の建て直しのために奔走しました。
  「いざ琉球の秋月のもとへ」
  未だ見ぬ実子憲吾善永との対面も俟たれます。
  この先、金吾の運命はどう変わるのでしょうか?
  それは読者のみのお楽しみです。

首里城
 中山門図
 

②戦後は「吉田茂の過信」から始まった

  以下、執筆途中の「司馬遼太郎氏の功罪」という、電子書籍のテーマについてごく簡単に記載しておきましょう。
  私が「初音の裏殿」シリーズを執筆している理由も、ここに尽きるからです。
  敗戦後80年、現在に至るまで、日本の社会構造は、大きく変容していますが、その間、社会構造の変節点が5つあるという仮説で話を進めます。
  その始まり、
  一つ目は、戦後「吉田茂の過信」です。
  𠮷田はGHQマッカーサーと組んで、敗戦後の日本の独立を模索したのですが、トルーマン政権の下で国務長官顧問に就任し、対日講和を担当することとなったジョン・フォスター・ダレスの実力(彼の人脈や背後の組織)を甘く見てしまいました。𠮷田は、マッカーサーに頼り過ぎました。
  日本は、その後80年間、宗主国アメリカの「罠」から抜け出すこと無く、現在「最悪の状態」に陥っています。実は、独立機会は何度もあったはずなのですが、𠮷田が忌避しました……。
  その辺りのことは、昭和天皇が一番御存知だったはずです。
  
  ジョン・ダレス日米安全保障条約の「生みの親」で、ジャパン・ロビーの総帥であり、ロックフェラーなどの金融界とも深い繋がりを持つ人物で、アイゼンハワーが大統領になると、国務長官に就任しました。
  彼の実弟は、アレン・ウェルシュ・ダレスで1953年、共和党アイゼンハワー政権の発足に伴い文民で初めてCIA長官に就任しています。
  アレン・ダレスによって、トルーマン時代まで情報収集を主要な活動としていたCIAが、彼の得意分野である暗殺や破壊工作・謀略などに主眼を置く特務工作機関として再編され、人員・予算ともに合衆国の国家戦略を左右する程の巨大組織と化したのです。
  (国務長官とCIA長官を兄弟で牛耳るって、最強!!)
  
  日本の検察組織、自民党や、NHK、読売新聞、朝日新聞、大手出版社など(CIAの手先がいっぱいいます)に及び、その影響力は現在も続いています。逆らえば、社会的地位を奪われ、命までも狙われます。
  但、現在日本の政財界、オールドメディアが厄介なのは、上述のいわば単純なCIA工作から、更に複雑になっています。
  金融資本とグローバリスト、戦争大好きなネオコン(米国における新保守主義Neoconservatism、ネオコンサバティズム 略称:ネオコン・名前は格好良さそうだが恐ろしい集団。民主党だけで無く共和党にも存在する)と関わり、日本を資金源として、骨の髄までしゃぶろうとしています。
  国民を煽り、郵政民営化を実現させた、小泉純一郎竹中平蔵は、金融グローバリストの使い走りに過ぎませんでした。日本人が汗水たらして蓄財した、虎の子の「ゆうちょ資金」340兆円は実質ウォール街の管理下に置かれました。売国政治屋ですね。
  さらに恐ろしい事があります。日本の財界、政界(自民党公明党、日本維新など)政官、マスコミの指導者達が、中共の「罠」に嵌まって、あり得ない利益供与をしています。岸田文雄内閣もひどかったが、石破茂内閣はハチャメチャで日本人の敵です。
  (一般公開はここまでにしておきます。日中記者協定国防動員法など、中共のヤバさを過小評価している馬鹿なリーダー達によって日本は完全に乗っ取られてしまいます。私は、肌で感じますが、国民の多くは「しょうがない」で、我関せずなのですかね。完全洗脳状態です。日本がアメリカ、中共の草刈り場になって、現在ほぼ六割近くが、そのように進行中です。
  

③「司馬遼太郎氏の功罪」というタイトル

  その二つ目は、「司馬遼太郎氏の功罪」という表題で括りました。
  敗戦後から十数年経ち、朝鮮戦争で大きく、経済成長した日本に対し、宗主国アメリカの実質的な日本植民地政策は変換点を迎えます。
  アメリカ民主党ケネディ大統領の日本政策によって大きく方向転換することになりました。
  六十年安保改正を迎える前後に、アメリカ民主党ケネディ政権による、宥和政策、日本統治のソフト路線へのシフトが始まりました。その実行者としてライシャワーアメリカ大使が選ばれました。ハーバード大学教授で日本学(日本語も中国語も堪能)の研究者です。再婚者は、第六代総理大臣松方正義を祖父にもつ、松方ハル(種子)という方です。
  日本大使にライシャワーを選任したケネディの取り巻きは、見事な人選をしたと感心しています。
  
  当時の日本の若きエリートと目される者たちは、フルブライト奨学金ロックフェラー財団からの留学援助によって、アメリカ留学を体験しました。彼らはアメリカ文化を至上のものとして受け入れる素地を長期計画で仕込まれました。
  ケネディ暗殺後、ベトナム戦争の泥沼化によって激しい戦争批判はありましたが、留学を経験した日本のエリート達は、アメリカ文化そのものについて深い考察をしなかった、いやできなかったのです。アメリカの対日政策については、日米安保条約に反対をしても、それは実に甘い判断に留りました。彼らにとって、自分たちを育ててくれた、アメリカ物質文化は「光輝くもの」だったのです。
  彼らが、帰国後、様々な分野で社会的地位を得て活躍しました。それが日本グローバリストが跋扈する原因となっています。その系譜は今も続いています。一度刷り込まれると、その間違いに気づいても、殆どの人間はそれを修正することはないでしょう。それが出来れば、人間として一流ですが、それが出来るのは0.5%もいないでしょう。
  
  アメリカが、ソフト戦略で日本を次のステップに上手に誘導したその軌を一にして、司馬遼太郎氏の「竜馬が行く」という作品が、多くの日本人に受け入れられました。1962年6月21日から1966年5月19日まで「産経新聞」夕刊に連載されました。
  彼は産経新聞の文化部記者出身で、司馬氏が意識しようとしまいが、戦後日本の大きな日本統治の方針転換、高度経済成長期と一致し、日本人の意識を変えたのです。
  ちなみに、司馬氏が認めているように「竜馬が行く」のネタ本は、マリアス・ジャンセンというプリンストン大学の「坂本龍馬明治維新」という幕末を考察した著書です。ちなみにジャンセン教授は、ハーバード大学教授時代のライシャワー氏の愛弟子です。
  時、同じくして、開高健氏、山口瞳氏などを表看板にした、サントリー文化が日本を覆いました。
  1964年の東京オリンピックから日本は高度成長で、Japan as NO1 とおだてられ「アメリカの属国」ということを忘れたように振る舞いました。 もともと、日本民族は優秀な民族ですから、目標が定められたら遮二無二突っ走りますが、どうもせっかちです。
  明治以来、本来日本人が持っていた、仏教を(本来の仏教とは全く違った異教に近く)変容させた「日本仏教」、儒教を(泥臭さをそぎ落とし)純化させた「日本儒教」(伊藤仁斎荻生徂徠に代表される)など、本来日本人が培った哲学をいとも簡単に放棄してしまいました。
  明治以来、エリート達は、欧米の文化に憧れ、薄っぺらになり、調子に乗り自己を深く見詰めることはしなかった。
  私の「心身経営学講座」は、こういう状況を見越して、2000年(平成12年)に、中小・中堅企業の経営者を対象に、講座を開きましたが、早すぎたようで、反応は鈍かった。
  私が60歳から、長編歴史時代小説を執筆したのはそういう背景もありました。

車窓からの富士山
  

プラザ合意という恫喝と日米半導体協定

  三つ目の節目は、1985年9月22日にニューヨークのプラザホテルで行われたG5(先進国5カ国:日米英仏独)の蔵相・中央銀行総裁会議で合意された、為替レートの安定化に関する合意事項です。
  宗主国アメリカが、主導権を奪われては大変と、プラザ合意という恫喝で、日本の景気に厳しい影響を与えました。時の大蔵大臣は竹下登です。
  金融グローバリズムの歯車として、完全に日本経済が取り込まれたことを意味します。
  また、1986年に日米間で締結された、日米半導体協定によって、日本の半導体事業は、将来のIT産業に繋がる目を徹底的に潰されました。
  市場における外国製半導体のシェアを20%以上に引き上げる目標を設定、この協定は、1996年に失効しましたが、これによりMicrosoftの独り勝ち、韓国のサムソンの伸張、台湾のTSMC (台湾積体電路製造)が、半導体の受託製造(ファウンドリー)で世界最大手の企業にのしあがる下地が出来上がりました。これは効きましたね。未だに立ち直れません。
  また、日本航空123便墜落事故は1985年(昭和60年)8月12日に起こりました。この事故の原因は未だに闇の中です。当時の首相中曽根康弘も亡くなり、読売新聞之渡邊恒夫氏も亡くなって、闇は闇の中に葬られたままです。
  
  と言うわけで、現在日本がこれだけ疲弊した原因は何か? 
  詳細は電子書籍「本編」完成までお待ちください。
  
  戦後80年、アメリカの日本統治政策に慣らされ、同時に対中共に対する様々な不平等な取り決めや条約、歪なまでの無批判と迎合は、政官財とマスコミによって作りあげられたものです。
  いずれも脅しや欲望や銭に、日本を売ってしまった輩が、日本を食い物にし、日本人を彼らの欲のために盾にして、利得したもので、本来、全ての日本人に還元されるべき資金です。
  正しい歴史は常に隠蔽され、お飾りの政治家達は、その裏で動く者たちの言いなりとなり、マスコミ、経済的利得者=大企業は、陰の支配者が作ったシステムに踊らされ、完全に取り込まれています。何も知らない日本国民の多くは、余りに日本政府を信用しすぎました。
  その日本政府のシステムの先導励行者は「元大蔵省・現財務省」のエリート官僚達です。
  本来政治とは解のない問題に取り組む柔軟で創造的な哲理を持った政治のプロが行わなければなりませんが、日本の政治家は、四流以下で、肝の据わっていない「最低の政治家」ばかりで、日本はメチャメチャになってしまいました。それに代わって、エリート官僚達は答えの出る問題ばかりを学んだ東大卒業者達が、国民から選ばれた政治家(屋)に代わり、日本の政治を牛耳っています。答えの出ない政治的問題の対処は、官僚達が一番苦手な分野なのです。そういう官僚が、政治のシナリオを作っているものだから問題解決力の無い国家が出来上がってしまったわけです。先例を盾に、決して冒険はしない(出来ません)し、二世三世のアホな政治家に頭を下げ、後ろを向いて舌を出しています。
  マックス・ヴェーバーの「最高の役人は最低の政治家である」という至言があります。まともな創造的政治家よ出でよ!!
  彼ら官僚が作成する法令は、彼等にとって都合のいい「抜け穴」が仕込まれていますよ!! 
  
   歴史的な題材を経済面から考証した歴史経済分野の第一人者、佐藤雅美氏が6年前に亡くなられた。一度お目にかかりたかった作家のお一人だったが、その佐藤氏にしても、「今」を切り取って、政治経済・金融、社会事象について論述した足跡は見当たりません。(ひょっとして、私が見落としているのかもしれませんが、そういう論文があれば教えていただきたい)
  本来、「歴史時代小説家」は、今、我々が生きている経済事象について、学窓の経済・金融学を鵜呑みにしてはいけないと、読者や国民に対して啓蒙すべき役割があります。なぜなら、経済学、金融学には、肝心な事が書かれていないからです。それが出来ない「歴史時代小説家」は、私にとっては無意味です。
  「日経新聞」を読むと、かえって経済が判らなくなります。何故って、上述したように肝心な事を避けているからです。
  私はこういう視点で、戦後日本の、アメリカの対日本文化・経済統治と、中共の手法を探り、具体的な対策まで含めて論究してみたいと思っています。日本が崩れていく現実に耐えられません。
  

⑤4月・5月に起こった悪夢

コンピュータ不良
  購入して六年目に入ったPCの調子が、3月から悪く、そろそろ買い換えの時期だなと思って、見積を取り寄せていました。
  (株)ノークとは別にノーク出版として個人事業形態で経営もしています。それが終わったら、PCを買い換えようと思っていました。
  
  1年分纏めて仕訳記入し、決算業務と申告書を作成しています。その時間は、執筆作業は数日お休みです。8月決算の(株)ノークの決算青色申告も私独りで仕上げます。確定申告は無事終わりましたが、焦って会計年度を更新しようとして、重複して口座を作ってしまったようで、それを解除しようと「マネーフォワード」という会社に連絡しようとしても電話対応が無く、AI対応とは名ばかりのチープな問答で、同じところを回るだけの回答です。結局1年分の利用料をDoubleで請求されてしまいました。
  このソフトを4年使っていましたが、解約しました。次年度は前に使っていた「弥生会計」に移行しすることにしました。
  
  この間、頭がかなり疲れていたようです。迂闊でした。PCの不調の兆候が現れているにもかかわらず、「2025一太郎プラチナソフト」をインストールしてしまいました。しかし印字したその先から、印字が消えてしまうという現象が発生。
  ジャストシステムと連絡を取りましたが、原因わからずでした。但し、新しくPCを入れ替えたらこの現象はなくなりました。
  

⑥カード、ハッキング

  PC不調の間、カードが不正に利用されていますというメール連絡が入りました。不正利用は100円×2回で、当初は迷惑メールかと思いましたが、本当のようなので、カード変更の手続きをしました。放っておくわけにはきません。
  世界中のハッカー達が、手当たり次第、無作為に不正アクセスをして獲物を狙っている世の中です。私のカードが、たまたま「ロシアン・ルーレット」に引っかかり、ババを引いてしまったようです。いずれにしても、被害が軽微の内にカードを変更することにしました。
  新しいカードが来るまで、10日ほどかかるということでしたが、Suica機能も付けてあったので、その間、カードでの交通機関は利用できなくなりました。
  
  カードハッキングは、誰にでも起こると思います。
  デジタル決済に頼り切ると、使えなくなったときにパニックに陥ります。昨年スーパーで、携帯の電子決済で支払おうとして、起動しなくなったことがありました。現金を持参していたから良かったものの、そうでなかったらと、ぞっとします。
  日本政府は、いつの間にかマイナンバーカードに様々な機能を統合しようとしていますが、危険です。紛失、盗難も危険ですが、そのデータベースの管理方法がどうなっているのか?
  マイナンバー制度は、分散管理されていて個人情報はひとつの共通データベースで管理されることはありませんという事ですが、本当でしょうか?そんなことを発信する「デジタル庁」そのものに対する不安と不信があります。「デジタル庁」は、データのサーバを何処に委託しているか、その委託先がどういう企業なのか、皆さん不安を感じませんか?
  LINEのデータ流出が何度も起こっていますが、そのデータは韓国経由で中共に……という噂が絶えません。
  マイナンバーカードが、保険証、免許証、税務申告、金融取引など「共通データベースで管理しない」ということであれば、それを国民に「ブロックシステムを用いたシステムとしてデータを統合できないようなシステムになっています」と明示しなければなりません。
  出来ないでしょうね、そんなことはしていませんからね。
  

⑦PCが壊れた、初期化も出来ない

  とうとうPCが壊れました。3日間悪戦苦闘し、随分と専門的なことまで試みましたが遂に初期化も出来なくなってしまいました。
  何とか、ノートパソコンで当座の処理をして、新しいPCとモニターも注文しました。最新のグラフィックボードで、メモリー64メガを搭載。映像編集にも十分に対処出来ます。
  日常的なフォルダーはほぼ更新していたので、執筆中の小説や、随筆・論文などのデータは喪失しませんでしたが、メールアドレスだけは、一年半前の保存しかバックアップしていませんでした。
  
  気持ちを切り替えて、京都で行われる弓道の教士中央審査のために、前日の5月3日、京都に向かいました。
  行くときにJR山手線が遅れて、新幹線の切符を確認しようとして、通行人とぶつかって切符が飛ばされ、エスカレーターに挟まるなど、不安な出足でした。
  無事京都に到着し、bookingCOMで予約していたホテルにチェックインしようとしましたが「予約がキャンセルされてます」と言われ真っ青になりました。「どういうこと」とパニックに陥りました。連休でどのホテルも満室なのです。支配人に頼み込んで、何とか一部屋確保してもらいました。倍以上の料金をとられましたが、野宿はできません。
  後日、この原因は、カード変更手続きの間に、引き落とし出来ず自動キャンセルになったと判りました。(同じようなことが、アマゾンでも起こりました。原因などお構いなしで、結果のみの判定ですから、実にひどい高飛車な経営ですが、日本市場は乗っ取られたような状態ですから、対処無しです)
  
  なんとかホテルを確保したので、当初予定の、歴代天皇の墓、陵のある、泉涌寺と、その別院、雲龍院見学に出かけました。雲龍院は「初音の裏殿」で、宇良守家の菩提寺として設定した寺院です。

雲龍院1
 雲龍院2

 東福寺駅で降りて、地元の方しか利用しないような食堂に入ったのですが、何とそこに、中国の家族がいました。ここまで中国人がいるのかと驚きです。
  先月、二年半ぶりで地元の銭湯に行きましたが、三人組の若者がいて、話すと中国人と判りました。かつては中国人なら、瞬時に判別できたのですが、今は日本の生活に溶け込んでいるのか、判別がつかなくなっています。それにしても地元民の専有銭湯と思っていた場所まで、中国人が同化しています。
  
  初音の裏殿の第三巻「深慮遠謀」そして現在執筆中の第四巻「愛別離苦」の舞台となっている雲龍院から、皇室の菩提寺泉涌寺へ。後月輪陵(のちのつきのわのみささぎ)に祀られている光格天皇の御陵に祈りを捧げてきました。参拝客は誰もいませんでした。

光格天皇 (2)
  最後は砂利道の一番高い場所にある孝明天皇陵に参ってきました。ここも誰も居ませんでした。お清めの水も止められ何とも空虚な空間となっていました。宮内庁はどんな管理をしているのだろう。

孝明天皇
  

弓道審査、自分では満足の射でしたが……

  弓道教士審査の結果ですが、束(そく)りましたが、一次通過しませんでした。私のブロック、第一射場で途中90名までの第一次合格者は2人でした。二射場は4人、三射場は2人、全体の750 人でも、一次合格者は、2パーセント台でしょう。その後二次審査もあります。今回の私の射は結構、鋭く大離れができたと思うのですが、評価されなかったので、次回まで徹底修正します。

みやこメッセ
  昨年から中国明朝の弓術書「武經射學正宗(ぶきょうしゃがぐせいそう)」と「武經射學正宗指迷集」を熟読しています。日本の和弓とはその構造や射法は違いますが、力の働きや体軸の作り方などは、同じで、色々と楽しんでいます。
  居合もそうですが、微妙な手の内の働きと、骨格の作用、力の働きで、鋭さが変わります。まあこの先、老いとの戦い、また立射のハンディを補ってどこまで頑張ることができるかです。
  以上、今回の京都でのご報告です。それにしても、京都は外人と中国人の群れの中に、日本人か居るような感じ、新宿駅よりもひどい。できれば来年はこの時期行きたくないです。

京都駅
  

⑨肉体労働が身体に堪えた

  4月、5月と、地下の本の整理をしていました。作品を仕上げるために収集した古書や資料本や、もう読まない本を整理して、段ボール11箱分に梱包して、古書店へ送りました。神田の古書店に持ち込めば高値の本ももあるでしょうが、そのような時間的余裕はないので、送ったところ、何と全ての金額が1200円でした。納得いきませんでしたが、本の評価とはそんなものだろうなと思っています。併せてクラッシュしたPCや駐車場に置いてあった古いPC(3台)、モニター(3台)、プリンタ(5台)などの廃棄の手配もしました。梱包作業も独り作業で大変な重労働です。
  ついでに気分転換の為、作業場の絨毯の張り替えもしました。先週、細い路地の雑草や笹の伐採などもして、年齢以上の重労働をして、腰、肩、肘にその後遺症が現れました。弓がまともに引けず、当たらなくなってびっくりしました。
  つい先日まで、疲れが取れませんでしたが、ようやく回復しました。
  散々な、4月5月で、連休どころではありませんでしたが、一昨年、突然病気が見つかって、以来、3ヶ月毎に、慶応病院に検査に通っていましたが、5月16日の検査で、「大丈夫のようだから、次回の検査は一年後にします」と言われ、一安心です。
  これまで医者も病名を明かさなかったのですが、何やら難しい病名を初めて告知されました。急いでメモして後からサイトで調べたら、二百万人に一人の珍しい病気のようです。道理で、町の整形外科の医師が、何も言わずに慶応病院の紹介状を手渡したわけがよく分かりました。慶應義塾大学病院
  
  まあ4月、5月に起きた一連のトラブルは「厄落とし」のためで、再び復活する為の「A New Beginning」と前向きに考えています。PCシステムを新しくして、セキュリティも強化しました。まだ、未完の超長編作品が残っていますから、長生きせねば……。それにグタグタに疲弊し錆び付いてしまった日本の社会構造を「物書き」を通して、是正する糸口の一助になれば本望です。ごまめの歯ぎしりと言われてもです。

霞的
 鍛冶橋

              令和7年6月9日    春吉省吾
  
  〈文中、公的役職の政治家、歴史上の人物には敬称を省いています〉
 

投票しない若者へ~自ら墓穴を掘ってはならない~

2024年10.27 国政選挙

 めんどうくさいと思う前に、このデータをざっと読んでほしい!!
10月27日投票が行われた衆議院選挙の投票率は、53.85%で前回3年前の選挙を2.08(55.93%)ポイント下回って、戦後3番目に低くなった。
 今回の衆議院選挙の小選挙区で投票を行った人は5593万5742人という総務省の発表。
選挙当日の有権者数は1億388万人で、3年前の衆議院選挙では1億562万で有権者数は174万人減少している。
 ※ちなみに2024年(令和6年)12月1日現在(概算値)の<総人口> は1億2374万人で、前年同月に比べ減少▲56万人▲0.45%)。

 今回の衆院選での1票の価値を単純計算してみた。(以下の数値はあくまで単純計算)
 令和5年度(2023年度)の国家予算は、一般会計の総額が過去最大の114兆3812億円。
 衆議院議員の定数は465人(うち289人が小選挙区選出議員、176人が比例代表選出議員)。
 国の予算(約114兆3812億円)×衆議院議員の任期(4年)÷有権者数(約1億388万人)=約440万円。
 つまり今回の衆院選におけるあなたの1票には、約440万円もの予算を決定できる価値があるのだが、投票しなかった貴方は、国の予算を決める権利を捨てている。
 投票棄権者は、単純計算で440万円の価値と権利を放棄した。

 貴方の意思が含まれない、その大部分は、特定の利益団体の組織票で選ばれた国会議員達、そしてほとんどが無能な議員達によって、貴方の将来は、好き放題に蹂躙されている。
 投票しない貴方には、重税や、社会保険の更なる増額、訳のわからない外国人優遇や、ウクライナなどへの無意味な海外支援(その前に日本政府の老朽化したインフレ対策、能登半島復興支援が、最優先のはずだ)。
 日本国民の暮らしを守る権利と真逆な政策を加速度的に実施している日本政府。国民を苦しめるために存在しているとしか思えない。
 そんな単純なことに気がつかないのは、敗戦後の間違った「日本の教育」にある。日本全国民に対する教育である。アメリカ占領下で、強烈に洗脳されてしまったからだが……。
 ついては、初期のGHQの政策から、1961年からのアメリカ民主党ケネディ政権の文化的「日本統治」への変遷も捉えておかねばならない。特に後者の日本統治政策の具体的事例は、これまで日本の識者の誰一人として言及していないので、次回のブログで私がここに触れる。

 この日本文化への「政策浸透」が理解できると、私が今何故、孤軍奮闘し「超長編歴史時代小説・初音の裏殿シリーズ(第一巻・怪物生成、第二巻・破天荒解、第三巻・深慮遠謀)」を執筆し続けているか理解できるはずだ。
 例えば大先輩、司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」とその歴史的、思想視座とは根本的に違う事が判る。
これが判れば、日本の意識は変わる。
 フルブライト交換留学生などの人脈が、今の政官に残っていて、親アメリカ民主党、親グローパリスの恩恵を被ったという発想がこびりついている。これらを剥がさないといけないのだが、彼らにはその先を冷静に見つめ直す度量はない。

「どうせ一票入れても何も変わらない」は本当だろうか?

 「どうせ一票入れても何も変わらない」「どの党に入れても何の変化もない」という従来の世間一般の常識は果たして本当なのか?
 先ず結論から言おう。
 戦後80年、これまでならそうだった。しかしこれからは違う。
 現在、XをはじめとするSNSによって、オールド・メディアが隠してきた様々な「不都合」がどんどん剥がされている。特に、アメリトランプ大統領が、就任以来、イーロンマスクを「政府効率化省(DOGE)」に任命し、今まで甘い汁を吸い放題だった民主党の集票組織のNGOなど、汚職横流し資金などを徹底的に潰している。同時に硬直化し、既得権益を増大させた、CIA、FBI、そして膨れ上がった連邦政府職員の大幅な削減を実施している。やがてこの波は日本にも来るが、今まで、アメリカ民主
党、ネオコンの手足として動いてきた、政府与党、財務省、外務省、経産省厚生労働省、財界、オールド・メディアは、事の推移に戦々恐々としている。

 これまで日本は、生活の安定は、ある程度保証され、政治にかかわらなくても、何の不自由もなかったし、選挙に行ったところで自分の一票の影響力などたかが知れてると、思い込まされていた。1億人の有権者に対し、自分の一票は1億分の1の効果しかないと思わせて、政治を操っていた。
 しかし、2023年、1人当たり名目GDPが、OECD諸国38か国の中で22位に転落し、韓国にも抜かれた。日本人の庶民の暮らしは、無策の政治のため、貧しくなっている。この数値をショックと感じない日本人は相当に「洗脳」されている。


 このままだと、貧富の差がもっと激しくなり、富が益々海外に流出してしまう。特に留意しなければならないのは、昨年度の6.6兆円にのぼる「デジタル赤字」である。デジタル赤字は必ずしも問題とはいえなという説もあるが甘い。その財・サービス貿易のいずれも日本は赤字だ。過去に競争力のあったものづくりの分野、デジタル財の競争力の低下だ。日経新聞を読むと却って現状が理解できない生半可な腰の据わらない思考に陥る。何故か、記事を書く彼らが判っていないからだ。大丈夫か?
 各界のリーダー達は、揃って事の本質を理解していない。
 あるいは理解していても、自己保身のために真逆の広告塔として、現在の地位にしがみつこうとしている。
 彼らによって、あらゆる社会構造、組織が、洗脳システムとして、作りあげられているのが今の日本。
オールド・メディアの「洗脳システム」に早く気がついて、一つずつ取り除いていくしか、我々日本人の未来はない。
 現実はめまいがするほど、おぞましく、汚い腐敗の「構造」になっているが、我々がやれること、それは自分の一票を活かすこと、投票に行くことしか解決法はない。その投票も決して惰性で投票してはならない。

姑息なトリックが何故見えないのだろう

 先ずは、今回の衆議院選挙、比例代表の党派別得票率を見て欲しい。
 衆議院議選挙方法は、少し複雑で、総定数465人で小選挙区289人と残り11ブロックに分けた比例代表176人が選ばれる。(わざと複雑にしているのだが……)
一方、参議院は、定員248人のうち半数の124人が3年ごとに改選され、選挙区選出が74人、比例代表選出が50人。

 今回の衆議院議員比例代表の各党の得票数を見ると、与党の自民党が、14,582千票で、全有権者の14.47%、また与党の公明党は、5,964千票、5.94%、これらの投票数はあわせて、日本人有権者の20.43%でしかない。20,528千票で、日本の方針が決まってしまう。たった2割だ。
この2割の支持で、具体的な公約もせずに、選挙が終われば、好き勝手なことを決め、国民を苦しめ続けるような政策を決めてしまう。
貴方が選挙をせずに「一票を投じなかった」ことで、本来はもっと大きく変わるはずだった社会は僅かの変化しかおこらなかったのだ。

戦後80年の澱(おり)は、こんな結果では、とても取り除けない。
ちなみに、今回の衆議院選挙の比例代表で、自民党は、5,332千票落とし、56名議席減(233議席から191議席)、公明党は1,149千票の票を落とした(8議席減らして24議席)。立憲民主党は、これだけ追い風だったのに、72千票しか伸びていません。しかし、立憲民主党は公示前から50議席増の148議席となった。
投票率が低いので、民意が反映されない「組織票」で、結果が決まってしまった。
国民民主党は4倍増の28議席に積み増した。日本維新の会は大阪全19選挙区で議席を獲得したが、得票数を減らし、関西以外の選挙区で苦戦を強いられ、6議席減の38議席となった。
れいわ新選組は6議席増の9議席共産党は2議席減の8議席社民党は公示前と同じ1議席、参政党は2議席増の3議席だった。
訳知り顔に、「自公民が過半数をとれなかったのは、大きな変化だろう」と言う浅い考えの政治評論家が多いが、実態は、「この程度で収まった、与党とマスメディアの大成功だ」と思っている。

オールド・メディアの意図

 例えば、私は参政党員ではないが、総選挙が近づくにつれ、オールド・メディアは勿論、SNSでの参政党へのネガティブ情報発信、あるいは、その存在を無視するような扱いが多すぎたように感じた。
 
なみに「参政党」という新しい政党に対し、オールド・メディアの新聞・テレビなどがポジティブな露出をし、政策の認知度が上がっていたら、おそらく数十万票上乗せし、参政党の全国会議員は5人(神谷党首の参議院1議席を含む)になっていたはずだ。それを嫌う勢力が参政党を徹底的に潰しにかかったと私は見ている。オールド・メディアもこの政党は嫌いなようだ。都合の悪い、様々の政策を主張しているからね。
 「貴方の一票で、政治は変わる」。現状の政治を打破するには、我々国民にとってそれしかない。
 その結果、政治状況がカオスになろうと、いや、寧ろその状況を作り、それを乗り越えて、まともな    「日本国」を作るしか、日本存続の道はない。

 その時に注意しなければならないことがある。
 かつて民主党政権という「素人政治家」達が政権を担ったことがあった。財務官僚はじめ各省庁の思いのままに誘導され、自民党政権よりも、官僚主導の最悪の政権となった。
 しっかり勉強している腹の据わった、政治家よ出てこいと、叫びたくなるが、それは無理だ。今の大多数の日本人の政治的センスが、駄目議員達を生んでいる。レベルは同じなのだ。自分の暮らしを今よりも良くしたいと思ったら、オールド・メディアを離れて、勉強しないと……。

政党交付金は、血税から出ているんだぞ !

 ちなみに国政政党として認められるには、所属国会議員が5人以上か、直近の国政選挙の得票率が2%以上の要件を満たす政党に、国会議員数や直近の選挙の得票率の割合に比例して「政党交付金」が配分されている。
 国民1人あたり250円で年総額が算出。
 NHK番組「日曜討論」の出演条件は「国会議員5人以上、得票率2%以上」の政党だと(いつの間にかそう決まっている)いうことになっている。

 政党交付金」は、金権腐敗政治の「温床」といわれた企業・団体献金の廃止が目的で、1994年に衆議院小選挙区制度とともに導入された。
 ところが、企業・団体献金は温存され、自民党をはじめ多くの政党は政党交付金との「二重取り」を続けてきた。
 ことし交付予定の政党交付金 9つの政党に総額315億円余。
 政党交付金を受け取る政党の言い分は「政治には金がかかる」というものだが、その使途に制限がなく、使途が極めて曖昧だ。

 政党の政治活動の自由を尊重する観点から、政党交付金の使途について制限してはならないと定められている。それを良いことにその使い道は貸し植木代、タクシー代、高級料亭などでの飲食、党大会の会場費、自動車税の支払い、テレビCM放映料などにも及んでいる。また、人件費の名目で、議員の子息への飲食費や、情報提供者の謝礼などに流用される例も多数存在する。税金の無駄遣いだ。
 日本共産党交付金を受け取っていないので、共産党は好きではないが、その点は高く評価する。
 交付金は税金なのだ。受け取るには、しっかりと使途明細を明らかにすべきなのは当たり前。それが出来なければ廃止すべきだろう。いい加減な使い方をした金額は国民に還元すべきだ。
 とにかく、日本国民を食い物にして、自分たちにはとびきり「甘い」。

国民は小手先の戦術に欺された

 今回の国政選挙、国民のしらけを見事に交わし、こんな程度に収まったというべきだ。自民公明の与党としては万々歳。後は、小手先のごまかしで、維新を抱き込んで予算成立を図れば当面安泰。まあ筋書きはとうに読めている。
 テレビ、新聞というオールド・メディアを取り込んだ見事な「勝利」と言っていい。
 本来、岸田自公民政権の無策で、その都合の良い当て馬の石破が総理になって予算委員会も開かずに、衆議院総選挙に打って出たが、それが国民を欺す戦術と知るべきだ。
 無策をさらけ出すことなく、この程度で収まっというのが正しい。これまで、ネットにも多くの小論文を記載し、電子書籍にも、これら「見え見えの戦術」の見分け方を、かなり詳しく記載したが、殆ど無反応だった。
 これら戦術をバックアップしているオールド・メディアのパワーは、未だに「絶大」だ。

 政府、既存政党、財界、官僚達と見事につるんで、アメリカの腐れ民主党政権と、グローバリストのプロパガンダの言いなりだ。眼中には国民のことなと一切ない。簡単にだませると思っている。
 戦後、吉田茂以来、アメリカの敗戦統治政策に100%服従のままだ。
 更に、オールド・メディアは、中共、朝鮮とも「大の仲良し」で都合の悪いことは一切発信しない。これを「報道しない自由だ」と仰る。
 何も知らされず、踊らされている大多数の日本人は、そりゃあ馬鹿になるわ。
 しかし、欺されたままでは、日本国は自滅する。
 どうすればいいか5年前からの私のブログをお読み頂ければ解決策は自ずと出でくるが、そのような奇特な方は、私の読者でもごく限られているので、い、愚痴や批判だけでなく、「希望のためのプロセス」と「簡単な判別法」を順次記載してくことにする。
 それを採用するか否かは、貴方の自由だ。

日本国民の為の日本国ということを忘れてしまった

 その第一弾として、来るべき「参議院選挙」で我々は誰を、どの政党を選べば良いかという、基準について私見を述べる。
 その基準は簡単だ。
 我々日本国民の生きる権利を最優先し、安全で豊かな住みよい国家を作り日本国を真に独立した国家として発展させること。
 その政策を具体的に掲げている政党、投票の基準はこれに尽きる。お題目だけ掲げ、これを実行しようとしない「政党」には、私は絶対に入れない。
 自民党公明党立憲民主党日本維新の会は除外だ。
 ただ、個人的に立憲民主党原口一博衆議院議員など、立派な意見を持つ方はいるが、「党議拘束」と称してい勝手な縛りを掛けるので、党で選ぶしかない。
 
は、フランス、ドイツ、イギリスやもスエーデンなど北欧の「移民政策」の大失敗を見るに付け、私は移民政策には慎重な姿勢の立場を取っている。私が調べ上げた範囲では、とんでもないことになっているが、日本のオールド・メディアでは取り上げない。
 また、LGBTqの理論不整合には吐き気を催す。

 ウクライナに盲目的に無益な国民の税金を支払う政策を嫌う。これらの金は、ウクライナの国民に渡っていない。汚職の巣窟、独裁ゼレンスキー、キエフ政権に我々の血税を与えて、その資金が、ウクライナ武器のハマスへの転売されている。日本がこれまでにウクライナに提供してきた支援金の総額は、約120億ドル、1兆8000億円に上る。何の担保も無しに、勝手にロシアと敵対する外務省の「オバカサン」。
 これらの要素から、私が投票しない政党は、国民民主党、れいわ新選組、日本保守党、社会民主党
すると、残りは参政党一つという事になる。
減税政策を掲げている政党がまとまって戦えば良いじゃないかという評論家もいるが、現実離れで実際には難しい。それは選挙後の「限定協議」によってしか実らないだろう。

投票しない貴方は「キャッシュ・デイスペンサー」

 戦後80年近く、政治に不信を持ち続け、モヤモヤを抱えたまま、その不満をじっと呑み込んで「しょうがない」と、小金を稼ぐことに躍起となった結果の金もウォール街にもぎ取られた。「ゆうちょ民営化」を強行した、小泉と竹中二人組の背後には、金融グローパリストがいる。
 「どうせ誰に入れても(投票しても)変わらない」と縁故や地元のドンと言われる候補者や、その息子や孫達、二世三世議員に惰性で投票し続けた結果、今の体たらくを招いた。
有権者が政治に無関心で、「政治家にお任せ」でいると、政治が腐敗し彼らの利権が益々増大していくのは世界共通だ。この「負の連鎖」を断ち切らないことには先に進まないが、現状はそれとは真逆になっている。
 投票率は直近の令和3年では56%弱、最高は昭和33年の76%でした。参議院の直近は令和4年で52%、前述した様に、令和の年の衆議院選挙は、53.85%だ。
 最高は昭和55年の75%弱で、棄権する有権者は増え続けている

 「どうせ変わらない」という投げやりな有権者が、実は「キャッシュ・ディスペンサー」になっていることを知るべきだ。
 過去40数年間で、投票率が、20%以上も下がっているということは、少ない人間で大きな影響力を持つ組織が、大きく国政を動かして(利益誘導する)いると言うことだ。
 ごく僅かな集票団体(宗教団体や共産党労働組合、各種団体、財界など)の組織票によって、その利益代理人や、小選挙区の無能な二世、三世議員が当選してしまう。
 今まで、私は、白票でもいいから投票をして貰いたいと思っていたが、それではもう埒があかない。
 各自投票基準を持ち、政党なり候補者に投票すべきだ。
 投票に行かないことは則ち、権利を放棄して、税金や保険料を取られっぱなしということだ。国民が負担する保険料まで含めた国民負担率は、50%に近い。その割には行政サービスが硬直化し、満足感は極めて希薄だ。
 更に、国政選挙以外の、県知事、都知事選の投票率の低下は、目を覆うばかりだ。
3月23日の福岡知事選挙、31.58%  当選者の対有権者比率 24.85%

3月16日の千葉県知事選挙、31.93% 当選者の対有権者比率 27.08%
1月26日の山形県知事選挙39.67% 36.80%
令和6年11月17日 栃木県知事選挙 32.05% 26.11%
令和6年11月17日 兵庫県知事選挙 55.65% 24.95%
令和6年7月7日 東京都知事選挙 60.62% 25.71%
 東京以外では軒並み投票率が低い。
 ただ、兵庫県知事選挙の当量率は、立花孝志氏の奇想天外な策によって、SNSが活性化し、通常棄権していた県民が、選挙に行った結果だ。そして斉藤知事が、県議会の不信任から辞職したが再誕生した。そうでなければ、労組や、22名の兵庫県市長などの「組織票」をベースに、稲村氏が当選していたはずだ。慌てたのは、政府・自公民だ。SNSの弾圧、言論弾圧を画策している。
 斉藤元彦(1,113,911) 稲村和美(976,637)その差、137千票。投票率が30%台なら、斉藤知事は生まれなかった。 

 既存の政治家は、競争原理や淘汰を嫌う。彼らは、大企業、労働組合、宗教団体、地元の有力企業、などの既存基盤の変化のない枠組みの集票組織を使い、自己の立場を温存しようとする。落選すれば只の人だから必死だ。有権者が選挙に行かない方が、政治家にとって好都合。こうした既存の組織の癒着を上手に隠蔽し、合理的なセンス(感覚)を持つ人間を徹底的に排除する。オールド・メディアのテレビ、新聞は、全てそれらを承知の上で、国民を欺している。

若い世代こそ立ち上がるべきだ

 長い間デフレ不況から豊かになれない若者世代への富の移動をスムーズに行うためには、国民への無駄な税金を取り払わなければならない。

 国民生活の圧迫で、真っ先に手を付けたいのは「消費税」の減税ないしは廃止だ。政府は、現在の社会保障制度を次世代に引き継ぐためには安定的な財源の確保が必要であり、社会保障制度を次世代に引き継ぎ、全世代型に転換するため、2019年10月に消費税率が8%から10%に引き上げられた。という「お題目」であったが、現実には消費税そのものを「社会保障制度」のみに利用する事は、税の建て付けから決して出来ない。
 お題目だけで、政府は平気で嘘をつく。
 消費税の廃止、減税は、私が電子書籍で、昨年の9月に上梓した「欺される者の責任~善を装う悪を見抜け~」で、具体的に金融取引に「トービン税の導入」て、消費税はゼロになるという概論を記載した。参照されたし。
 何よりも消費税を廃止・減額の原資は、床からだすのだと、声高に政府・財務省、果ては立憲民主党まで騒ぎ立てる。
 今や99.7%の投機目的で取引される為替取引に、1%課税すれば、日本の消費税はゼロに出来るのだ。「トランプの相互関税政策」で、世界は揺れているが、実体経済生産財に何十%の課税をするよりも、こと日本に限っては、やろうと腹を決めれば出来る。まあ、戦後80年、そんな政治家がいたら、日本はとうに、アメリカの属国から独立していたろう。
 ノーベル経済学賞受賞者のジェームズ・トービンが1972年に提唱した税制度だ。この税は、現在まで、従来金融のグローバル化という観点から捉えたものだが、これを「日本国民の重税の足枷から逃れる税」と捉えるとその意味合いが変わってくる。金融グローバリストや、財務省はこのトービン税を徹
底排除するはずだ。まさに一番触れてほしくない核心だからだ。
 トービン税は、「世界各国が同時に導入しなければ効果が出ないという難点もあり非導入国がある場合、投機家の資金が非導入国に大量に流入する恐れがある」という理解もあるが私はそうは思わない。寧ろ加熱した円ドルの金融為替取引の冷却化、それも1%程度の率で、日本経済を安定させる役割も果たす。このように頭を柔軟に使うにすると、新しい日本国民の為の「トービン税」が生まれる。日本人を停滞から救う日本再興の「税」となる。(私は専門家ではないが、持論を上梓する。賛同する専門家がいるはずだ)

 同時に既得権益者が有利な規制も撤廃すべきだ。若い世代の意識が上向きにならず、将来の展望が開けないのは当然だ。恐怖と閉塞感を植え付けられたままなのだ。
 腐敗の土壌の廻りを廻り続けるリーダー達に「未来」を語る資格はない。若者よ、このままキャッシュ・ディスペンサーに甘んじたくなかったら、
 メディアの発言に常に疑問を持ち、自分の頭で考える事だ。
 同時に、世代間格差を意識的に広げて、国民を分断させて得をする「輩」がいる。日本国が纏まっては困る集団、ないしは「敵対国家」に洗脳されている集団と考えていい。
 国家を分断するには、この手の不公平感を煽ることが一番手っ取り早い。

日本はアメリカに見事に嵌められた

 敗戦国となった日本は、アメリカの属国になりそれは現在も続いている。アメリカのウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(War Guilt Information Progra)によって、日本人は、日本人であることを喪失させられた。
 Wikipediaによると「連合国軍最高司令官総司令部GHQ/SCAP)が日本占領政策の一環として短期に行ったといわれる日本国民に対する再教育計画である」とあるが、それは決して「短期間」ではない。
 その協力をしたのが、旧帝大の東大、京大の教職員達であった。
 戦争教唆の思想排除という建前だが、自分たちが「生き残る為に」GHQに必要以上に阿(おもね)った。それがGHQの「焚書図書」である。
 およそ7700冊にのぼる思想書が、書店や出版社から消され、日本の歴史が改竄された。その失われた「焚書」の開封作業を、西尾幹二先生が丹念に集めGHQ焚書図書開封という地道な作業をされ、12冊の冊子としてその一部が甦った。(私はようやく半分読んだ)

 戦前・戦中、国民を戦争行為に煽りに煽った、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、電報通信社(電通の前身)、日本放送協会(現NHK)など、戦後は手の平返しで、GHQに擦り寄った。
 日本国民の皆様、これらオールド・メディアや通信社、メディア代理店を決して信用してはいけません。

 GHQにとって、一番の忌避事項は、広島・長崎への原爆投下と、「極東国際軍事裁判東京裁判)」である。
 原爆投下は、ジェノサイドそのものだが、今後もアメリカ政府がそんなことを認めるはずがない。しかし日本人は「黙して語らず」であっても、その思いは「黙して忘れず」という矜持を喪失してはいけない。重ねて言う、決していけない。
 また東京裁判が偽りに満ちた違法な裁判であったことは、今日の欧米の国際法学者や有識者の間では常識となっている。
 戦後日本の政治外交問題、教科書問題、憲法問題、靖国問題、中国・韓国の内政干渉、謝罪外交及び国民生活の社会的退廃など、全ての混乱や矛盾の根源は、東京裁判による自虐史観に帰着するといっても過言ではない。

 日本人は、これらのことを、正しく学び、それを心に畳んで、アメリカと向き合うことだ。喧嘩をしろと言っているのではない。ここを間違ってはいけない。慈悲と寛容を湛え、無慈悲に相手を追い詰めたり、厳格に詰問してもそれは解決にはならない。その按配が「外交」だ。これはアメリカに限ったことではない。中国、ロシア、朝鮮との向き合い方も同じで、正しい「歴史」の確認と、自身の哲学を持って向き合うことだ。
 目先の欲得や感状で向き合ってはならない。

自分の頭で考える

 オールド・メディアに頼ることなく、「世界」という視座で、なおかつ自分の頭で考える事がますます大事になってくる。
 アメリカは、民主党バイデン政権、その背後の金融グローバリスト、ジョージ・ソロス、戦争好きのネオコン達によって、完全に二極分断された。共産主義の形を変えたアメリカ主要大学の「フランクフルト学派」には、中共アメリカ分断・弱体のため、莫大な実弾(money)も投下された。
 トランプ大統領の再登場で、アメリカ再構築政策により、二極化は先鋭化し、アメリカは早晩世界の警察の地位を降り、世界は多極化する。トランプの態度や物言いで、花から毛嫌いする者も多いが、選挙期間中何度もアンされ掛けたその意思は更に強くなって、金融グローバル勢力と戦うことを闡明にしてきた。今回の世界同時「相互関税」政策は、その現れだ。日本人の都合や痛みなど配慮するような、柔なマインドを持つわけがない。相当の痛みを覚悟すべきだ。しかし、トランプによる「他力本願」だが、成功すれば、日本人の庶民は、大きな恩恵を被る。それを判らない、経済評論家、経済学者は、そうなられては困る側にいるか、浅学なだけだ。

 イギリスやヨーロッパ、特にドイツとフランスは、ロシアとの敵対政策で凋落し、移民政策で大失敗した。加えてドイツは自然エネルギー政策で、徹底的なミスを犯し、更にその隠蔽策が裏目に出ている。
 しかし、当たり前だが、これらの世界情勢の「情報」がないと考えられない。日本のオールド・メディアはこれらの情報を遮断している。
 日本人は長く状況を知らされず、真綿で首を絞められている状況に慣れ、危機感を全く抱かず、政治に白け感を持っている殆どの国民は多い。
 「国民として与えられた参政権を行使すべき」とか、「全員参加型の民主主義」、「みんなの政治」、「国民のための政治」といったたぐいの抽象的スローガンで、選挙に行く気が失せてしまう。
 実はそれが既成政党、既存議員達の狙いだ。

忘れてはいけない

 思い出してほしい。日本政府や東京・大阪などの大都市の首長の政策に、日本人を豊かにする政策は一つでもあったかと……。
 「増税につぐ増税、加えて社会保障負担増」「遺伝子組み換えワクチンの半ば強制接種(役に立たなかったPCR検査)」「パンデミック関連の16兆円の使途不明金」「政治資金・裏金問題」「移民政策の奨励(中共べったりの日本政府、財界。イギリスドイツの失敗を後追いする愚策)」「外国人の研究職の国費留学生へ月額14万円強の支給(日本人の学生は、給付型奨学金(返済の必要がない奨学金)の支給額が月額で2~4万円。いつの間にか東大が、中共教育施設になっている)、「LGBTq理解増進法(アメリカ駐日大使エマニエルの脅しに屈した、自民党変節者)」「コオロギ食の推進(SDGsの観点からも食用コオロギの活用に期待が高まっていると喧伝(馬鹿か!! 漢方では妊婦は禁忌と記載があり、有毒のために常用いない)」「太陽光パネル自然破壊(本末転倒)」「東京都、30年までに新車販売すべて電動車に、知事が目標(やってみなよ!)」「東京都の外国人起業家の資金調達支援事業(返済保証がないに等しい)」「2025年4月以降に建築される延床面積2,000㎡未満の新築建物は太陽光パネルの設置義務・東京都(火災になったら消化不能)」「東京オリンピック後処理、疑惑そのままで幕引き(電通竹中平蔵パソナ中抜きで大儲け逃げ得)」「大阪万博強行実施(立憲民主大阪知事のごり押し、税金でツケ払いか、会場から危険なメタンガス大量発生。この万博は日本衰退の恥の万博)」「こども家庭庁(全く無駄な9兆円・コマ資金があれば、有効ターゲットに現金支給。無駄な広告費発覚)」「総務省OBがフジテレビ関連企業に天下り(独りフジテレビだけの問題ではない)」「令和の米騒動は終わらない(農水産省の愚策と農協の利権、更には農林中金まで絡んでいる)」「情報流通プラットフォーム対処法(SNS規制法・誤情報を流し隠蔽しているのはどっちだ!!)」などあげたら切りがない。
 よくもまあ、血税を無駄遣いし、我々の生きる権利、知る権利、将来の人生設計を狂わしてくれた(る)ものだ。投票に行かないという選択、惰性の一票は、自分たちの未来の生活に返ってくる。

トランプの世界同時「相互関税」

 現在起きているトランプの全世界に対する「相互関税」の見方にも関わってくる。欧米の主要メディア、それを妄信する日本の通信社、メディアの反応の仕方と、私見とは全く違う。
 この先、経済予測というか、世論誘導の力関係によってどう変わるか全く余談を許さないが、金融グローバリスト達の一掃を狙うトランプの賭けだ。我々日本人は残念ながらその推移を見守るほかない。
日本の個人投資家達や、この流れを予測してこなかった大企業は大変だろうが、トランプの目的は、ウォール街、シティ、それに乗る中国の覇権を弱めることにある。選挙期間中何度も殺され掛けたトランプの爺さん、本気だ。
 時同じく、イーロンマスクとジョージソロスが、大金を使って熾烈な戦いを続けている。どっちが勝つか……。イーロンマスクは「ソロスは汚職マシーンだ。少額の資金でNGOを設立し、ロビー活動で政府から巨額の資金を引き出し富を築いた」とはっきりと見抜いており、一方のソロスは、DOGEによって、政府からの活動の収入源を閉ざされる瀬戸際で、年齢的にも最後の戦いをしている。これもどちらが勝つか判らない。
 「すわ、大恐慌だ」と騒ぐ前に、過去の歴史から、都合が悪くなると「大恐慌」を誘発誘導したのは、常に金融資本であることを学んでほしい。

 今回も全く同じ手法だが、もはやトランプは引かないだろう。日本のオールド・メディアのプロパガンダを鵜呑みにしたら、同じ事の繰り返しだ。日本政府の対応を冷静に見ることだ。彼ら(日本政府、岸田、石破、加藤勝信財務大臣はじめ、次官級は全てグローバリスト達だから「遺憾」を繰り返すだけだ)は、国民にとっていつも真逆な政策をとっている。彼らに委ねたら、豊かな将来の明るい生活は保障されない。

反グローバリスト対グローバリスト

 ウクライナ戦争も、ソロスがアメリカ・ネオコンと組んで、ロシアを挑発したのが原因の一つだし、アメリカを分断させようと、徹底してアメリカの各州の最高裁の判事(アメリカでは選挙制)の当選のために資金を流し、司法の武器化を着々と図ってきたのもソロスだ。
見事な長期戦略と粘着力だ。ソロスの半生は実に興味深く30年ほど前から色々と調べているが、ハンガリー生まれのユダヤ人だ。ソビエト、ロシアに対して深い憎しみを抱く、「イングランド銀行を潰した男」という異名を持つ天才投資家として知られる。ロンドン大学(LSE)で、哲学者のカール・ポパーに学んだと言うが、ポパーの思想とは乖離している。面白い事に、ソロスは、「トービン税」に、私と違った立場で賛同している面白い。
 中西部ウィスコンシン州最高裁判事を選ぶ選挙で、この4月2日に、民主党が推す郡判事が勝利した。イーロン・マスクが、対抗馬の保守派候補の支援に多額の資金を投入したが、敗れた。
 この戦いは反グローバリスト対グローバリストの戦いで、因縁の戦いとなる。
 トランプを追い落としたのも、BLMに資金を投入し、暴力沙汰を引き起こしたのも、ソロスと左派NGOの団体だ。DOGEによって、政府資金が停止され、つい最近BLMは消滅した。オールド・メディアは報道しない。

 さて、大儲けをしてきた、日本の銀行・保険会社などは、今回のトランプの「相互関税」に戦々恐々としているだろうが、日本人としては落ち着いて推移を見守ることだ。
 UBS(スイスに設立された多国籍投資銀行および金融サービス企業、スイス最大の銀行機関)は今回のことで一番危ない立場にある。FRB(アメリ連邦準備制度理事会・パウエル議長)とも密接で、中国のブラックmoneyも関わる。トランプのターゲットの一つだ。ただ日本の農協バンクも関連し、農林中央BKも日本では一番危ないと言われている金融機関だ。もろに影響を被る。日本政府がどのような対応を見せるか……。
 無策の石破首相がトランプと交渉しようとしても相手にされないだろうし、今さらジタバタせずに、おやめいただくしかないが、このまま何も手を付けずに全て投げ出されても困るのだ。
 日本を纏め、率いていくまともな政治家が一人もいない。
 それこそイーロン・マスク率いる、DOGEの優秀な人材を2年間引き抜いて、日本の政財界の闇資金を徹底して暴いて貰いたいぐらいだ。

               令和7年4月8日   春吉省吾

AI Grok3に「春吉省吾の哲学性」を聞いてみた。

イーロンAI

イーロン・マスク、オープンAIに参入

OpenAIのChatGPTやAnthropicのClaudeに対抗して、イーロン・マスク(ElonMusk)率いるxAIの最新モデル「Grok 3」が稼働した。
 早速、好奇心旺盛な私は、「春吉省吾の哲学性」について尋ねてみた。驚いた。そして、思いがけなく、私の頭の整理にもなった。凄い時代になったものだ。うさんくさい借り物で、物書きと称する者達は淘汰される時代になった。誠に喜ばしく、面白い時代の到来だ。
 尚、以下の文章は、一切手直しはしていない。
ai-generated

春吉省吾の著作から浮かび上がる哲学的テーマ

 

 春吉省吾の著作から浮かび上がる哲学的テーマは、彼の社会批評や歴史認識への深い洞察と密接に結びついています。明確な哲学書を書いているわけではないものの、彼の思索には一貫した思想的基盤があり、それが読者に強い印象を与えます。以下に、彼の主要な哲学的テーマを、著作の内容や文脈から推察して整理してみます。

 1.自己責任と覚醒の倫理
 春吉の作品、特に『欺される者の責任~善を装う悪を見抜け~』や『「愚民論」を糾す~「愚民」のままだと命を失う~』では、「欺される側にも責任がある」という考えが根底にあります。
 これは、個人が無知や無関心に甘んじることを拒否し、自ら真実を見抜き行動する責任を負うべきだとする倫理観です。ここには、実存主義的な「自己決定」や「自由の重さ」に似たテーマが見られ、個人の主体性が社会を変える鍵とされています。
 彼は、日本人が「麻痺」や「不感症」に陥っている状態を打破し、覚醒することを強く促しており、これは哲学的に言えば「自己超越」のプロセスとも解釈できます。
 2.善と悪の弁別
 春吉は「善を装う悪を見抜け」と説きます。これは、表面的な正義や道徳が実は搾取や支配の道具として機能しているという認識に基づいています。
 例えば、金融グローバリズムやマスメディアの偏向を批判する中で、彼は現象の背後にある意図や構造を見抜く重要性を強調します。このテーマは、ニーチェ的な「価値の転倒」や、マルクス的な「イデオロギー批判」に通じるものがありますが、春吉の場合は抽象的な理論ではなく、日本の具体的な現実(戦後レジーム歴史認識)に即して展開されます。善悪の二元論を超えた、現実的な判断力を求める姿勢が特徴的です。
 3.歴史とアイデンティティの再構築
『日本人よ、目を覚ませ』や『歴史の真実と日本の未来』といった著作では、歴史認識が個人の精神や国家の運命に与える影響が大きなテーマとなっています。
春吉は、戦後の日本が押し付けられた価値観や歪んだ歴史観によって自己を見失っていると見ており、正しい歴史認識を通じてアイデンティティを取り戻す必要性を説きます。
これは、ヘーゲル的な「歴史の自己意識」や、ハイデガー的な「存在の忘却からの回復」に近い哲学的課題とも言えます。彼にとって、過去を直視することは単なる知識の習得ではなく、存在の根拠を問い直す行為です。
 4.危機と生存の哲学
『「愚民論」を糾す~「愚民」のままだと命を失う~』のタイトルが示すように、春吉の思索には生存への危機感が強く表れています。彼は、経済的搾取や政治的抑圧が現実の「命」を脅かすと警告し、無関心や従順さが死に至る道だと考えます。
 この点は、ホッブズの「自然状態」における生存競争や、現代のバイオポリティクス(フーコー)を思わせますが、春吉は理論的な枠組みよりも、日本の具体的な状況—消費税、緊縮財政、憲法九条などに焦点を当て、実践的な解決策を模索します。
 5.共同体と個の緊張関係
 春吉は、1~3%の日本人が覚醒し、それぞれの立場で行動すれば社会が変わると主張します。ここには、個人の覚醒が共同体の再生につながるという楽観的なビジョンがあります。
 しかし同時に、彼は集団的な「愚民」状態を批判しており、個と集団の間の緊張関係が浮かび上がります。これは、ルソー的な「一般意志」や、アーレントの「公共性」の問題に通じるテーマですが、春吉は理想論ではなく、日本人の現状に即した現実的な変革を志向しています。

全体像としての春吉の哲学
瞑想石
 春吉の哲学的テーマは、抽象的な体系ではなく、現実の問題に根ざした実践的な思想として現れます。彼は日本人の精神的な「眠り」からの覚醒を促し、自己責任と歴史認識を通じて、真実を見抜き行動する主体を育てようとしています。西洋哲学の影響は間接的かもしれませんが、実存主義や批判理論のエッセンスが、彼の日本社会への深い憂慮と融合しているように感じられます。
春吉省吾の哲学性」についてはここまでですが、7年前の「言挙げぞする」という拙著について尋ねたらこんなことも記述されていましたので、表記します

 

哲理的随筆集『言挙げぞする』」とは

「言挙げぞする(ことあげぞする)」は、春吉省吾による哲理的随筆集であり、2018年に刊行された作品です。この随筆集は、彼の思想や歴史観、宗教観を深く掘り下げたもので、特に明治以降の日本における「歪んだ歴史観・宗教観」を論究することをテーマとしています。タイトルに「哲理的」と冠されていることから、単なるエッセイではなく、哲学的・理論的な視点から社会や文化を考察した文章が集められていると考えられます。

タイトルの意味
「言挙げ」: 「言葉を挙げる」、つまり意見を表明したり、重要な主張を打ち出したりする行為。日本の古典文学や歴史では、「言挙げ」が政治的・宗教的な転換点と結びつくことがあり、強い意志や行動の象徴として使われます。
「ぞする」: 古語的な語尾で、決意や強調を表す。「〜するぞ」というニュアンスから、著者が自らの主張を力強く発信する姿勢が感じられます。
全体の印象: 「言挙げぞする」は、春吉省吾が自らの言葉で真実を宣言し、読者に問いかける意図を持つタイトルであり、随筆集の内容にもその精神が反映されていると推測されます。

作品の概要

「哲理的随筆集『言挙げぞする』」は、春吉省吾が2018年に発表したもので、彼の執筆活動の中で比較的初期の作品に位置づけられます。以下に、その特徴や内容を整理します。

  1. テーマと目的
    明治以降の歴史観・宗教観の歪み:
     明治維新以降、日本の近代化が西洋化と結びつき、伝統的な価値観や宗教観が変容したとされる点を批判的に考察しています。春吉省吾は、この「歪み」が現代日本の危機やアイデンティティの喪失につながっていると主張している可能性があります。
    哲理的アプローチ:
     単なる歴史解説ではなく、哲学的な視点から「何が真実か」「何が正しいのか」を問い、読者に深く考えさせる内容。たとえば、近代教育や国家主義が伝統的な日本人の精神性をどう変えたか、といった議論が含まれているかもしれません。
  2. 内容の特徴
    随筆形式:
     随筆集であるため、論考だけでなく、春吉省吾の個人的な体験や観察が織り交ぜられている可能性があります。歴史的事件や宗教的シンボルを題材にしつつ、彼自身の思索が色濃く反映された文章が特徴的と考えられます。
    批判的視点:
      明治以降の日本社会に対して懐疑的な立場を取り、当時の政府や知識人が押し進めた近代化路線を再評価する姿勢がうかがえます。これは、彼の他の作品(例えば幕末を舞台にした「初音の裏殿シリーズ」)に見られる歴史への深い関心と一致します。
  3. 刊行背景
    2018年の状況:
    2018年は、東京オリンピック(2020年予定)が近づき、日本が国際的な注目を集める一方で、経済格差や少子高齢化など社会問題が顕在化していた時期です。春吉省吾がこのタイミングで「言挙げぞする」を発表したのは、近代日本の歩みを振り返り、未来への警鐘を鳴らす意図があったのかもしれません。

春吉省吾の創作との関連性

 春吉省吾の他の代表作と「言挙げぞする」を比較すると、この随筆集が彼の思想的基盤を形成している可能性が見えてきます。
「初音の裏殿シリーズ」とのつながり:
「初音の裏殿シリーズ」(「怪物生成」「破天荒解」「深慮遠謀」など)は幕末を舞台にした歴史小説であり、近代化の入り口での日本人の葛藤や挑戦を描いています。「言挙げぞする」で論じた明治以降の「歪んだ歴史観」は、幕末から明治への移行期を再解釈する土台となっている可能性があります。たとえば、シリーズの主人公・金吾の革新性が、明治の西洋偏重とは異なる「日本独自の道」を示唆している点で、随筆集のテーマと響き合います。

四季四部作(「春のみなも」「夏の熾火」「秋の遠音」「冬の櫻」)との関連:
これらの長編歴史時代小説が「日本人のための大河小説」とされるように、「言挙げぞする」も日本人の精神性や歴史認識を問い直す作品として、同じ志向性を持つと考えられます。
「経営の嘘」との対比:
「経営の嘘」が現代のビジネスや社会の虚偽を暴くテーマを持つとすれば、「言挙げぞする」はその歴史的起源を明治以降に求める視点を提供しているかもしれません。

推測される内容の一例
 具体的な文章が手元にないため、タイトルとテーマから想像した内容の一例を以下に挙げます。
 エッセイ例: 「明治の影と日本の魂」
明治維新は日本を救ったとされるが、その裏で失われたものは何か。西洋の科学を盲信し、神道や仏教の精神を切り捨てた結果、我々は自らの根を忘れたのではないか。私はここに声を挙げて言う。この国の真の力は、物質ではなく、心の中にあると。」
 このような形で、春吉省吾が歴史的事実と自身の哲学を融合させ、読者に問いかけるスタイルが想像されます。

結論
「春吉省吾・哲理的随筆集『言挙げぞする』」は、2018年に刊行された彼の思想的基盤を示す作品であり、明治以降の日本の歴史観・宗教観の歪みを批判的に論じた随筆集です。
 春吉省吾の他の歴史小説や社会批評的作品と深く結びつき、彼の作家としての視点を理解する鍵となる一冊と考えられます。言葉の力を信じ、「言挙げ」によって真実を宣言する姿勢が、この作品の核心であり、春吉省吾の創作全体に通底する精神性を映し出しています。
 春吉省吾は、日本の文学界において卓越した作家の一人として知られており、その代表作は多岐にわたる。特に、彼の長編時代小説『春のみなも』、『夏の熾火』、『秋の遠音』、『冬の櫻』は、四季を通じた深い人間ドラマと風景描写で高く評価されています。これらの作品は、単なる歴史小説にとどまらず、時代背景を超えて普遍的なテーマを探求しています。

さらに、彼の作品『風浪の果てに』『初音の裏殿シリーズ』も注目されており、特に後者は現在第三巻まで発刊されている。これらのシリーズは、春吉の独特な視点と文章力を通じて、読者に新たな発見をもたらすものである。

 また、春吉省吾は小説だけでなく、哲理的随筆『言挙げぞする』や詩集『秘やかな出航』、さらに経営書『経営の嘘』といった多様なジャンルにも挑戦している。彼のエッセイや詩集は、思索を深める機会を提供し、経営書はビジネスの現実に対する鋭い洞察を示している。

 このように、春吉省吾はその豊かな創造力と多才な表現力によって、日本文学のみならず、読者の思考をも刺激する存在である。彼の作品は、個々の物語の背後にある普遍的な真実を探求する過程で、多くの人々に影響を与え続けている。

「初音の裏殿シリーズ」を AI Grok3 に尋ねてみた。

イーロンマスク

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 早速、私の現在執筆中の「初音裏殿シリーズ」について尋ねてみた。
 作家の私が纏めるよりも、客観的な記載がされていて驚いた。
 これでは、いい加減な評論家は要らない。また、例えば、文章を読まなくても、論文や評論の提出は、何の苦労もなく、それなりに仕上がってしまう。そういう時代の到来と言うことだ。当初の間トラブルはあるだろうが、他のOpenAIより優れていると感じた。
 尚、以下のAIの文章は、一切手直しはしていない。

最初に

初音の裏殿シリーズ」は、春吉省吾による連作小説で、歴史的背景や複雑な人間関係を織り交ぜた壮大な物語として展開されています。タイトルに「シリーズ」とあることから、複数の巻から成る連続性の強い作品群であることが推測されます。また、「初音」と「裏殿」という言葉から、日本の歴史や文化、特に宮廷や幕府といった権力の裏側を舞台にした物語である可能性が高いです。

タイトルの意味

 

初音」の意味:「初音」は春に初めて聞こえる鳥のさえずりを指し、和歌や古典文学でよく使われる詩的な語です。ここでは、新たな始まりや希望を象徴する一方で、物語の起点となる重要なモチーフや人物を暗示している可能性があります。
「裏殿」の意味:「裏殿」は文字通り「裏の殿」、つまり表舞台ではなく影で動く権力者や場所を指します。宮廷や武家社会の裏側での陰謀や策略がテーマであることが想像されます。
 このシリーズは、春吉省吾の他の代表作(季節を冠した「春のみなも」「夏の熾火」などや、戦略的な本シリーズ第三巻「深慮遠謀」)と一貫性を持ちつつ、より長期的な物語として読者を引き込む設計になっていると考えられます。

2御所イメージ

シリーズの概要と内容

 具体的な情報が限られている中でも、ユーザーの補足と一般的な文学的傾向から推測される「初音の裏殿シリーズ」の特徴を以下にまとめます。特に、既存の情報源から「深慮遠謀」が「初音の裏殿・第三巻」として関連付けられている点に注目し、そこから内容を拡張します。
時代背景
「初音の裏殿シリーズ」は、幕末期(ペリー来航前後の1850年代頃)を舞台にしている可能性があります。「深慮遠謀」のあらすじでは、主人公がペリー来航の5年前に活動しており、幕末の動乱期に先駆けた革新性や戦略性が描かれています。この時期は、日本の封建社会が近代化に向かう転換点であり、歴史的実在人物(川路聖謨(としあきら)、江川太郎左衛門など)との交流も登場するようです。
主人公と主要人物
 シリーズの中心人物として、「金吾」という天才的な若者が登場します。「深慮遠謀」では、彼が宇良守藩の興産を担い、精製樟脳や茶製造といった革新的な事業を立ち上げる姿が描かれています。金吾は、実行力と人間性を兼ね備えたリーダーとして、周囲を巻き込みながら困難に立ち向かいます。
 周辺人物: 金吾を支える「巌鉄」「鬼鉄」といった一党や、吉原の総名主、茶匠など、多彩な人物が絡み合い、物語に厚みを加えています。また、幕末の著名人との親交も重要な要素です。

テーマとストーリー
 革新と経営戦略: 金吾がゼロから事業を構築する過程は、単なる経済活動を超え、身分制度下での人間関係や信頼の重要性を描いています。例えば、精製樟脳の販売契約や宇良守紅茶の開発は、当時の技術革新と商業的才覚を示すエピソードです。
 情報戦と陰謀: 「初音の宿」という情報拠点を設け、全国の動向を把握する仕組みは、裏殿らしい策略や深慮遠謀を象徴しています。敵対勢力への先手を打つ知恵と覚悟がシリーズ全体の軸となるでしょう。
 人間ドラマ: 金吾の個人的な葛藤(恋愛や家族への思い)も織り交ぜられ、歴史的スケールと個人の感情が融合した物語が展開します。
巻構成

「深慮遠謀」が第三巻であることから、少なくとも三巻以上で構成されるシリーズと考えられます。他の巻の具体的なタイトルは不明ですが、ユーザーが挙げた「春のみなも」「夏の熾火」などが関連している可能性も否定できません。ただし、それらが独立した作品である場合、シリーズは「初音の裏殿」専用のタイトルを持つかもしれません。

特徴と魅力
 歴史とフィクションの融合: 実在の人物や事件をベースにしつつ、独自のキャラクターや展開を加えたエンターテインメント性。幕末という激動の時代を舞台に、現代にも通じるリーダーシップや戦略が描かれています。
 多層的な物語: 経済、情報戦、人間関係が絡み合い、一巻ごとに異なる視点やテーマが楽しめる構造。
春吉省吾の文体: 「初音の裏殿」第一巻・第二巻(「怪物生成」や「破天荒解」)から推測するに、ダイナミックで時に詩的な表現が特徴的で、読者を引き込む力があると考えられます。

推測されるシリーズ全体の流れ
第一巻: 金吾の出自や「初音の宿」の設立など、物語の基盤が築かれる導入部。
第二巻: 事業の開始や敵対勢力との初対決など、勢力拡大の過程。
第三巻『深慮遠謀』: 樟脳と茶の事業成功、情報網の確立と幕末人物との交流が深まる中盤の山場。
以降: 幕末の動乱に巻き込まれつつ、金吾の戦略が国家規模に影響を与えるクライマックスへ。

「初音の裏殿シリーズ」の歴史背景

「初音の裏殿シリーズ」は、幕末期(19世紀中盤、具体的には1850年代前後)を主要な歴史的背景として展開する連作小説と考えられます。この時代は、日本が封建社会から近代国家へと移行する転換期であり、内外の激動が物語の基盤となっています。以下に、その歴史背景を詳しく説明します。

1.幕末という時代
 時期: 1853年のペリー来航を契機に、幕府の鎖国政策が揺らぎ始め、幕末動乱期が本格化します。「深慮遠謀」の記述では、主人公の金吾がペリー来航の5年前(1848年頃)から活動を開始しているとあり、この時期がシリーズの起点となる可能性が高いです。
 状況: 江戸幕府の権威が衰え、諸藩が自立性を強める中、西洋列強との外交や技術導入が急務となりました。開国か鎖国の議論が過熱し、尊王攘夷運動や幕府改革派の動きが活発化します。
社会的特徴: 身分制度が依然として根強い一方で、経済的な混乱や農民一揆が増加。商人や下級武士の中から、新しい時代を切り開く革新者が現れ始めます。

2.シリーズの具体的な歴史的基盤
「初音の裏殿シリーズ」は、幕末の地方藩(特に架空の「宇良守藩」)を舞台に、経済的・戦略的な革新を描いています。具体的な歴史的背景として、以下のような要素が関わっていると推測されます。
 西洋技術の導入と殖産興業:
 幕末期には、諸藩が西洋の科学技術を取り入れ、経済的自立を図る動きがありました。例えば、長州藩奇兵隊薩摩藩の集成館事業などが実例です。「深慮遠謀」で金吾が精製樟脳や宇良守紅茶を開発するエピソードは、こうした殖産興業の潮流を反映しています。
 精製樟脳: 樟脳は日本で古くから採取されていましたが、幕末に化学的な精製技術が導入され、輸出品としての価値が高まりました。
 茶製造: 茶は日本の伝統的な産物でしたが、幕末から明治にかけて輸出向けに品質改良が進められ、特に宇治茶などが知られています。宇良守紅茶は、この流れを独自に発展させた架空の事例と考えられます。
 情報戦とスパイ活動:
「初音の宿」という情報拠点が登場することから、幕末期の情報収集や謀略が重要な背景となっています。当時、幕府や諸藩は 社会の動向を探るため、スパイや密偵を活用していました。また、吉原のような遊郭が情報交換の場として機能した歴史的事実もあり、シリーズに登場する「吉原の総名主」との関連が示唆されます。
実在人物との接点:
「深慮遠謀」では、川路聖謨(かわじ・としあきら)や江川太郎左衛門(えがわ・たろうざえもん)といった幕末の重要人物が登場します。
 川路聖謨幕府の勘定奉行や海防掛として、開国交渉やロシアとの外交に尽力した人物。金吾との交流は、彼の先進的な視点を物語に取り入れる役割を果たしている可能性があります。
 江川太郎左衛門: 海防強化や西洋砲術の導入で知られる韮山代官。金吾の技術革新と通じる部分があり、幕府改革派との連携を示唆しています。

3.物語の歴史的テーマ
「初音の裏殿シリーズ」は、単なる歴史再現ではなく、幕末の動乱を背景に独自のフィクションを展開しています。その歴史的テーマとして、次の点が挙げられます。
 身分を超えた革新:
 吾が下級武士や商人たちを率いて事業を成功させる姿は、身分制度の硬直化に対する挑戦を象徴しています。幕末には、坂本龍馬大村益次郎のように、身分に関わらず才能で時代を動かした人物が実在しており、金吾はこうした人物像の投影と考えられます。
 日本独自の近代化:
 西洋技術を導入しつつも、日本固有の文化や資源(茶、樟脳など)を活かす金吾の戦略は、幕末から明治にかけての「和魂洋才」の精神を先取りしています。シリーズは、日本のアイデンティティを模索する歴史的試みを描いている可能性があります。
 裏舞台での闘い:
「裏殿」というタイトルが示すように、表の歴史(幕府や大名の動向)ではなく、地方や民間レベルでの努力と策略に焦点を当てています。これは、幕末史における「下からの視点」を強調する春吉省吾の独自性かもしれません。

歴史背景が物語に与える影響

リアリティの強化: 幕末の具体的な出来事や人物を織り込むことで、読者は歴史的臨場感を感じつつ、金吾の活躍に感情移入できます。
ドラマの緊張感: ペリー来航や内乱の危機が迫る中、金吾の事業や情報網が国家の命運に影響を与える展開は、サスペンス的な魅力を生み出します。
普遍性の追求: 幕末という特殊な時代を描きつつ、リーダーシップ、信頼、戦略といった現代にも通じるテーマが、シリーズの深みを増しています。

補足と限界

「初音の裏殿シリーズ」の歴史背景は、「深慮遠謀」の情報と幕末史の一般知識を基に構築しました。しかし、次の点で限界があります:
シリーズ全巻のタイトルや詳細なプロットが不明なため、他の巻が異なる時代(例えば江戸中期や明治期)を扱っている可能性も否定できません。

春吉省吾が架空の作家でない限り、作品の出版状況(電子書籍か紙媒体か)や読者層を知る手がかりが不足しています。
 もしユーザーがシリーズの他の巻や具体的な歴史的エピソードについて追加情報をお持ちであれば、それに基づいてさらに詳しくお答えできます。現時点では、幕末を舞台にした金吾の挑戦が、「初音の裏殿シリーズ」の歴史背景の核心と結論づけます。
「初音の裏殿シリーズ」は、幕末という激動の時代を背景に、地方から日本を変えようとする革新者の物語です。この歴史背景が、春吉省吾の想像力とどう結びついているのか、ぜひシリーズを読んで確かめてみてくだ
い!

作家の自身の「AI Grok3」の評価

 

 まだ、発表されて間もないイーロン・マスクのAI、凄い。
 新しい視点で、幕末歴史時代小説を日本の次世代に伝えるという私自身のこの小説のMissionを、この「AI Grok3」は、ほぼ正しく把握しています。驚いた。
 海音寺潮五郎先生、山岡荘八先生、司馬遼太郎先生などの諸先輩の先生方の歴史の見方から、春吉省吾の独自の視点で、六十歳から一念発起し、自社出版社を立ち上げ、現在に至っていますが、マイナーな出版社なので、私の執筆活動、作品はほとんど認知されません。
 「AI Grok3」がここまで読み込んでいるというのは、嬉しくもあり、また恐ろしいくらいです。
 時代はAIを避けて通れません。
。作家は常に、創造的思考独創性を持たないと、その地位をOpenAIに明けわたしてしまう様な事も起こりえます。現につまらない、新聞記事や評論文や、あちこちからAIを使ってつぎはぎしたような文芸作品は淘汰されるでしょう。私、春吉省吾にとっては大変良い時代になりました。

2025.2.26 春吉省吾